ブッダヴァチャナの宝石箱

第九章 尊敬や信頼の失墜について




     財宝を指差す人


 アーナンダ。

 私は、土鍋屋が(まだ成形したばかりの)濡れている柔らかい土鍋を扱うように、

 あなたたちを大事にする努力はしません。

 アーナンダ、私は休まず叱ります。

 アーナンダ、私は休まず咎めます。

 本質である道果がある人は耐えられます。

   (中部ウパリパンナーサ マハースンニャタースッタ14巻245頁356項)



 私たちは、常に叱ってくれ、

 常に罰を与えてくれる智慧のある人は誰でも、

 「その人は宝を指さす人だ。こういう知識者とつき合うべきだ。

 このような知識者とつき合えば良いことばかりで、悪いことは何もない」

 と見なければなりません。

   (小部ダンマパダ バンディタヴァッガ 24巻25頁16項)









指導者ゆえに破滅する

パーリ・ブッダバーシタ(ブッダの言葉) 
中部チュラゴーパーラ経 三蔵12巻418頁389項

 比丘のみなさん。以前にあった話です。生まれつき愚鈍なマガタ(国)の牛飼いが、雨季の最後の月である季節を考慮せず、ガンガ(ガンジス川)のこちら岸を調べず、牛を渡らせる場所でない所で牛の群れを追い立てて、向こう岸のヴィデーハラッダの北側に渡らせました。比丘のみなさん。その時牛の群れは(どの岸にも上がれなくて)ガンガの流れを泳いで旋回しているうちに、次々と死んでしまいました。

 それは何が原因でしょうか。マガタの牛飼いが生まれつき愚鈍な人で、雨季の終わりの月である季節を考慮せず、ガンガのこちら岸を調べず、牛を渡らせる場所でない所で牛の群れを追い立てて向こう側のヴィデーハラッダの北側に渡らせたからです。

 比丘のみなさん。同じようにこの世界のことに賢くなく、他の世界のことに賢くないサマナ・バラモンたちは誰でも、悪魔の住処である輪廻に賢くなく、悪魔の住処でない非輪廻に賢くない人で、これらのサマナ・バラモンの人たちの言葉を聞くべき、信じるべきと理解する人たちは誰でも苦になり、その人たちの利益になりません。





戒師の喪失

パーリ・ブッダバーシタ
増支部パンチャカニバータ 22巻121頁79項

 比丘のみなさん。遠い将来、比丘の多くは体の訓練をせず、戒の訓練をせず、心の訓練をせず、そして智慧の訓練をしなくなります。そのようでありながら、彼らは戒師になって他人に具足戒を授けるので、その人を素晴らしい戒や、サマーディや智慧の訓練をし、教えることができません。出家した人も体の訓練を受けず、戒の訓練を受けず、心の訓練を受けず、智慧の薫陶を受けない人になります。

彼らのすべてがそのようでありながら、初めの戒師から引き継いで戒を授ける戒師になり、他人に具足戒を授けるので、それらの人を、素晴らしい戒やサマーディや智慧で訓練し、教えることができません。それらの出家した人も同じように、体の訓練を受けず、戒の訓練を受けず、心の訓練を受けず、智慧の薫陶を受けない人になります。

比丘のみなさん。このような様相でダンマに汚れるので律に汚れが生じ、律が汚れるのでダンマに汚れが生じます。これが、今は生じていないけれど当い将来に生じる災いです。みなさん、心に留めておくべきです。心に留めたらその危険を排除する努力をしなければなりません。





アーチャンの喪失

パーリ・ブッダバーシタ
増支部パンチャカニバータ 22巻121頁79項

 比丘のみなさん。遠い将来、比丘の多くは体の訓練をせず、戒の訓練をせず、心の訓練をせず、そして智慧の訓練をしなくなり、彼らはそのようでありながら他人のアーチャンになるので、それらの人を素晴らしい戒や、サマーディや智慧の訓練について提言し教えることができません。出家した人も体の訓練を受けず、戒の訓練を受けず、心の訓練を受けず、智慧の薫陶を受けない人になります。

 彼ら全員がそのようでありながら、初めのアーチャンから引き継いでアーチャンになるので、それらの人を素晴らしい戒や、サマーディや智慧の訓練を提言し、教えることができません。多くの人は同じように体の訓練を受けず、戒の訓練を受けず、心の訓練を受けず、智慧の薫陶を受けない人になります。

 比丘のみなさん。このような状況で、ダンマに汚れがあるので律に汚れが生じ、律に汚れがあるのでダンマに汚れが生じます。これが今は生じていませんが、遠い将来に生じる災いです。みなさん、心に留めておき、心に留めたらその危険を排除する努力をしなければなりません。





長老の喪失

パーリ・ブッダバーシタ
増支部パンチャカニバータ 22巻123頁79項

 比丘のみなさん。遠い将来、比丘の多くは体の訓練をせず、戒の訓練をせず、心の訓練をせず、そして智慧の訓練をしなくなり、ます。彼らはそのようでありながら、長老レベルの比丘でありながら、八物(比丘が所有することを許された生活必需品)を集めるのが好きで、

 三学の行動が衰退し、蓋の威力による低劣な心でヴィヴェカ(群れから離れて暮らすこと。遠離)の勤めに関心がなく、まだ到達していないものに到達し、まだ明らかにしていないものを明らかにするための努力を始めません。

 後から出家した人はこれらの長老を見てそれを伝統と見なし、八物を集めるのが好きな人になります。比丘のみなさん。このようにダンマに汚れがあるので律に汚れが生じ、律に汚れがあるのでダンマに汚れが生じます。これが、今は生じていないけれど、今後生じる災いです。みなさん心に留めておき、気づいたら排除する努力をしなければなりません。




注意しなければならない長老

パーリ・ブッダバーシタ
増支部ティカニカーヤ 20巻307頁531項

 カッサバさん。長老でも自分自身が三学を求める人でなく、三学を実践する人を称賛せず、三学を愛さない人を誘わず、三学の実践を愛している人を褒めるべき時に褒めない比丘は、カッサバさん。如行はこの種の長老比丘を褒めません。

 それはなぜでしょうか。それはすべての比丘が「教祖はこの種の長老比丘を褒める」と考え、迷ってこの種の長老比丘と付き合うからです。この種の長老比丘と付き合った比丘たちは誰でも、この種の長老比丘を伝統として受け継ぎます。この種の長老比丘を伝統にすることは、当然利益にならないことを生じさせる機会になり、それらの比丘にとって、永遠に苦になります。

 カッサバさん。だから如行はこの種の比丘を褒めません。





愚かな長老

パーリ・ブッダバーシタ 
増支部チャドゥカニバータ 21巻28頁22項

 比丘のみなさん。八十歳、九十歳、百歳の老人であろうと、時にふさわしくないことを話し、事実でないことを話し、利益にならないことを話し、ダンマでないことを話し、律でないことを話し、所在のない話、根拠のない話、終わりのない話、利益のない話をするなら、その人は当然、本当に「愚かな長老」の一人に数えられます。





異常な長老

パーリ・ブッダバーシタ
増支部パンチャカニバータ 22巻123頁79項

 比丘のみなさん。これらの五種類の要素がある長老比丘は、当然大衆を衰退させるため、大衆の幸福を失わせるため、非常に破滅させるために実践する人で、支援する利益でなく、天人とすべての人間の苦のためになります。五種類とは何でしょうか。五種類とは、

(1)出家して長い、出家年数の長い長老比丘で、

(2)多くの人に知られていて、名誉があり、出家と在家の部下がいて、

(3)チーヴァラ(三衣)、食べ物、住まい、そして医薬品八物の貰い物が豊富な人で、

(4)聞いたダンマを記憶し、聞いたダンマを収集している博学の人で、

(5)しかし間違った見解があり、常軌を逸した見解があります。


 比丘のみなさん。この比丘は大勢の人を正法から離れさせ、非正法を維持させます。

 彼は長老比丘であり、出家して長く出家年数が多いと考えたり、彼は一般大衆に知られ信じられていて、チーヴァラや食べ物や住まいや医薬品八物の貰い物が豊富な長老比丘と考えたり、彼は博学で、聞いたダンマを記憶し、聞いたダンマを集めている長老比丘と考えるので、多くの庶民は当然その比丘を手本にします。

 比丘のみなさん。この五種類の要素のある長老比丘は当然大衆を堕落させ、大衆の幸福を消滅させ、大勢の破滅のために実践する人で、支援する利益がなく、天人と人間の苦になります。





不安定な長老

パーリ・ブッダバーシタ
増支部パンチャカニバータ 22巻126頁81項

 比丘のみなさん。この五種類の原因がある長老レベルの比丘は、当然一緒に梵行をする仲間から愛されず、信頼されず、尊敬に値せず、称賛に値しません。五種類とは何でしょうか。五種類とは、

(1)まだ欲情の基盤である感情(心の概念)に欲情し、憤懣の基盤である感情に憤懣し、惑溺の基盤である感情に惑溺し、興奮の基盤である感情に興奮し、陶酔の感情の基盤である感情に陶酔する長老比丘で、

(2)その長老比丘は、まだ欲貪がなくなった人でなく、まだ憤りがなくなった人でなく、まだ愚かさがなくなった人でなく、他人を貶し、偉い人と対等に振る舞い、

(3)その長老比丘は騙すのが上手で、だらだらとキリもなく話すのが得意で、甘く包囲する話し方が巧みで、ケンカ腰の言葉で痛恨の意地を生じさせるのが得意で、幸運に継ぐ幸運を求める人で、

(4)その長老比丘は信仰がない人で、罪を恥じ(慙)ず、罪を恐れ(愧)ず、怠け者で、智慧の劣った人で、

(5)その長老比丘はすべての形に忍耐がなく、すべての声に忍耐がなく、すべての臭いに忍耐がなく、すべての味に忍耐がなく、すべての触に忍耐がありません。

 比丘のみなさん。この五種類がある長老レベルの比丘は、当然一緒に梵行をする仲間から愛されず、信頼されず、称賛に値しません。





子を殺す父

パーリ・ブッダバーシタ
相応部ニダーナヴァッガ 16巻247頁496項

 カッサバさん。今長老レベルの比丘は、森に住むことを勤めとして遵守せず、そのような行動を称賛せず、托鉢を勤めとして遵守せず、そのような行動を称賛せず、糞拭衣(死体を包んだ後捨てられた布)を使うのを勤めとして遵守せず、そのような行動を称賛せず、欲望を抑えて少なくせず、

そのような行動を称賛せず、サンドーサ(群れから離れていること。ある物で満足すること)をせず、そのような行動を称賛せず、静かな暮らしをせず、そのような行動を称賛せず、人と交わらないで暮らしをせず、そのような行動を称賛せず、努力を始めず、そのような行動を称賛しません。

 それらの比丘の中で、有名で多くの人に知られ、名誉があり、八物の貰い物、つまりチーヴァラ、食べ物、住まい、そして薬剤がある長老レベルの比丘は、同じ長老レベルの比丘たちも、「おいでなさい。名前は何ですか。この比丘は本当に福分のある人だ。一緒に梵行をする人からも『おいでなさい。この座に座りなさい』などという言葉で愛されている」と、このようにその比丘を招いて座らせます。

 カッサバさん。長老レベルの比丘がこのように行動すれば、出家したばかりの比丘たちに「この長老比丘は多くの人に知られ、有名で、チーヴァラ(衣)、食べ物、住まい、医薬品の貰い物などの名誉があり、すべての長老比丘が、当然『お出でなさい。名前は何ですか。この比丘は本当に福分がある。この比丘は梵行仲間から愛されている。お出でなさい。この座にお招きします』などという言葉で座に招く」という考えが生まれます。

 出家したばかりの比丘たちは、こぞってそのようになるために行動をします。これは当然苦になり、永遠にそれらの比丘たちを支援する利益はありません。

 カッサバさん。本当にこの言葉を時と場所と人物にふさわしく言うなら「梵行は梵行の危険によって踏みつけられてしまった。梵行は修行者のような巨大な捕縛具で縛られてしまった」と、彼は今の内容を述べるべきです。





教えに反す住職

パーリ・ブッダバーシタ
増支部パンチャカニバータ 22巻290頁231項

 比丘のみなさん。これらの五種類がある比丘は、住職として賞賛されるべきでありません。五種類とは何でしょうか。五種類とは、

(1)礼儀作法が完璧でなく、勤めが完璧でない住職、

(2)博識でなく、解説者でない住職、

(3)煩悩を研き落とす実践をせず、遠離を喜ばず、善いダンマを喜ばない住職、

(4)丁寧でない、聞き苦しい物言いをする住職、

(5)智慧が少なく、愚かで手際の悪い住職です。

 比丘のみなさん。これらの五種類がある比丘は住職として賞賛されるべきではありません。





地域に夢中になる住職

パーリ・ブッダバーシタ
増支部パンチャカニバータ 22巻286頁231項

 比丘のみなさん。地域に夢中になる害はこの五種類があります。五種類とは何でしょうか。五種類とは、

(1)彼は当然住まいを惜しみます。(快適な座臥所を求め、一緒に住む人がいれば、分けなければならず、自分の方が劣れば、そのような座臥所を失わなければならないからです)。

(2)彼は当然支援者である良家を惜しみます。(つまり貰い物を分けなければならないこと、あるいは支援者を失うことと恐れて、他の比丘が自分の支援者と知り合いにならないようにします)。

(3)彼は当然貰い物を惜しみます。(つまり土地への執着が物を集める考えを生じさせるので、物を溜めるためにいろんな物を取られまいとします)。

(4)彼は当然名誉や名声を惜しみます。(つまり誰かがその土地で自分以上に有名になるのを望みません)。

(5)彼は当然美徳を惜しみます。(つまり他人がライバルになって自分を支配するので、ダンマの学習や実践や実践の結果で発展しないように邪魔立てします)。

 比丘のみなさん。地域に夢中になることの害はこの五種類です。





住む場所に夢中になる住職

パーリ・ブッダバーシタ 
増支部パンチャカニバータ 22巻268頁223項

 比丘のみなさん。住む場所に夢中になる害は、この五種類あります。五種類とは何でしょうか。五種類とは、

(1)住む場所に夢中になる比丘は当然物品が多く、物をたくさん集めておくのが好きで、

(2)住む場所に夢中になる比丘は薬がたくさんあり、薬をたくさん集めるのが好きな人で、

(3)住む場所に夢中になる比丘は用事が多く、しなければならない用事や仕事が多いので直接サマナの勤めが良くできず、

(4)住む場所に夢中になる比丘は、当然サマナにふさわしくない在家のような交わり方で在家や出家と交わり、

(5)住む場所に夢中になる比丘がその住む場所から離れる時は、未練で離れて行きます。

 比丘のみなさん。住む場所に夢中になることはこの五種類の害があります。





住職の地獄

パーリ・ブッダバーシタ
増支部パンチャカニバータ 22巻293頁236項

 比丘のみなさん。五種類がある住職である比丘は、当然現生の地獄(生き地獄)に引きずり込まれ、閉じ込められるような苦悩があります。五種類とは何でしょうか。五種類とは、

(1)叱るべき人を褒める前に熟慮せず、周到に調査しない住職である比丘。

(2)褒めるべき人を叱る前に熟慮せず、周到に調査しない住職である比丘。

(3)敬意を表す立場ではないのに、敬意を表す前に熟慮せず、周到に調査しない住職である比丘。

(4)敬意を表す立場なのに、敬意を表さない態度をとる前に熟慮せず、周到に調査しない住職である比丘。

(5)信仰で大きな寄進をする支援者の信仰を失わせる住職である比丘。

 比丘のみなさん。これらの五種類のある住職である比丘は、当然現生の地獄(生き地獄)へ引きずり込まれ、閉じ込められるような苦悩があります。






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