何の見返りも求めずに愛す

         相手が愛してくれようとくれまいと

         それはその人の問題

         しかし私は愛す

         愛すことに喜びを感じるから

         自分の心の寂しさや虚しさを埋めるために

         愛を求めはしない

         心の拠り所はブッダの教え

         愛は心の支えにならないけれど

         タンマは心の支え

         タンマこそ人間にとって最も大切なもの

 

 

真実の愛

1990年7月31

 私はイギリス人で、仏教のない国に生まれました。生家は人口一万人余りの田舎町にあって、ちょうどタイの田舎の小さな郡のような所です。子供の頃は病弱で喘息持ちだったため、毎年病気で何日も学校を休みました。そんなこともあって少年時代は読書好きで、自分の人生について考えるのが好きでした。

 十五、六才のころ、体が大人になるにつれて、考えも大人っぽくなりました。自分は何のために生まれたのか、人間が手に入れるべき最も崇高なものは何か、この世に素晴らしい人生はあるのか、素晴らしい人生とは何か、という疑問が生まれました。こうした疑問が生じると、そのことばかりを考えて、時には夜眠れないこともありました。

 何としても答えを探さなければならない重要な問題と感じました。しかし不思議なことに、誰一人重大な問題と考える友達はいませんでした。友達と話をしても、別々の言葉で話しているように感じました。学校の先生と話しても同じで、自分のように考える人は世界中に一人もいないようで、深い孤独と頼りなさを感じました。

 幸いなことに生家からケンブリッジまでそれほど離れていなかったので、土曜日にはよくバスに乗って、ケンブリッジの街へ遊びに行きました。遊びと言っても物見遊山に行った訳ではなく、本屋へ行きました。ケンブリッジには本屋が沢山あり、そして本屋の店員のほとんどが貧しい学生時代を送った経験があるので、貧しい学生に同情して、一日中立ち読みをしても誰も文句を言う人はいませんでした。朝早く本屋へ行って本を読み始め、昼にお腹が空いたら本を元に戻して外へ食事に行き、食べ終わるとまた本屋へ戻って、夢中で読み続けることもありました。お金を使う必要はありません。いつもこんな風に読書をしました。哲学、心理学、人類学などに興味があり、心の問題について学ぶのが好きでした。

 

 そしてある日、仏教の本に出会いました。初めの一頁を読んだ時、目から鱗が落ちたように感じ、これこそが真実だと確信しました。東洋の哲学だとか、変なものとは思いませんでした。ブッダは人間の深層の考えを言葉で表現することの出来た人だと思いました。

 だから仏教の本に出会ったことは、自分自身に出会ったように感じました。仏教とは教典のことを言うのでもないし、お寺のものでも、出家たちのものでもなく私たち一人ひとりのものであり、人間の心の問題であるというアーチャンの教えが理解できました。

 その本の中で一番感銘を受けたのは「天然の心は純潔である」という心についての教えでした。仏教では、自然のままの人間の心は、純潔だと教えています。

 ところが心は感情に溺れ、自分自身や自分の人生について勘違いをし、そうした間違った考えが、「私。私のもの」という感情的な執着を生み、自分や自分の物と他人や他人の物とを区別させます。自分の考えと自然の真実との間に、矛盾と乖離が生じてきます。これを苦と呼びます。心は苦になります。

 今ここで私が、タンマの真実を検証したと言ったら間違いになります。まだ検証していませんが、これこそが真実だと確信しています。

 大抵のタイ人は仏教の教えに少なからず慣れてしまっているため、説教を聞いても無感動だったり、あるいは居眠りをしたりします。しかし西洋人はまた違った受け止め方をします。私たちの国の国教、あるいはヨーロッパの宗教とも言えるキリスト教の原則は、人間の心は、元々原罪によって汚れていると教えています。それは西洋人たちに「人間のもともとの心は憂鬱なもので、私たちが何か善を行ったところで、本当には煩悩を隠しているだけにすぎない。つまり、人生に見られる善や純真さは真実のものではなく、人間の本質は煩悩なのだから」と感じさせます。だからほとんどの西洋人は、いつも自分は悪いと思ってしまいます。

 ところがブッダの教えは正反対で、人間の心は元々純潔なものとおっしゃっています。行動面について言えば、この論理は非常に重要です。なぜなら、もし人間の心がもともと汚いものと思ったら、自分を磨く意欲もなくなります。磨けば磨くほど汚いものを見ることになるからです。もともと汚いものを磨いて純潔なものにすることはできません。

しかし私たちの心の本質、天然の心が純潔であるなら、そして心が憂鬱なのは自我自分という感情に迷っているからだとしたら、自分を磨くことには意味があり、重要であり、またしなければならないことになります。これが心に染み込んでいる人は、原初の心の純潔を求めることは、人間の人生で最も価値あることと感じます。だからその時から私は、どのような人生を送ろうとも、どんな仕事に就こうとも、仕事も生活も心の純潔のためでなければならないと確信しました。

 私は幼い頃から少し変わった子供で、インドにばかり興味があり、インド映画を好んで見、インド料理が大好きで、インドの音楽も好きで、インドに関係のあるものなら何でも気に入っていました。だから高校を卒業して大学入試が無事済んだ後、大学での勉強を始める前に海外旅行をさせてほしいと父に許しを求めました。父の許しを得てから三ヶ月工場でアルバイトをして、それから陸路をインドへ向かって出発しました。

 最初にベルギーへ渡り、ドイツ、オーストリア、ユーゴスラビア、ギリシャ、トルコ、イラン、パキスタンを通りぬけてインドへ着いたのは二ヵ月後のことでした。汽車に乗ることもあり、大型トラックをヒッチハイクすることもあり、日が暮れたらそこに泊まるというような、気ままな旅でした。文化の違う様々な国の人に出会い、その旅で気づいたのは、私が通り抜けたどの国の人々も、自分の国の風俗習慣が正しく、他の国のは間違っていると信じていることでした。あるいは自分の国のものが最高だと思っています。そこで私は、人は誰でも自分は他人より優れていると思い込んでいると考えました。

 インドに着くと、ヒンドゥー教のお寺や仏教のお寺に行って泊めてもらいました。現在のインドにはあまり仏教徒はいません。しかしブッダが悟りを開かれたブッタガヤには、沢山のお寺があり、仏教を信仰する国々が、それぞれ自分の国の寺を建立していました。その頃の私は、仏教の禅にとても興味があり、いつも禅寺へ行って座禅をしました。

その後ヒマラヤへ行ってダライラマの居所であるチベット法皇宮へ行きました。その頃から瞑想を始めましたが、手法が一つに定まっていないという問題がありました。行く先々でそれぞれ独自のやり方をしているので、ある時は瞑想をし、禅に出会えば座禅をし、その後別の何かに興味を持てばそれを実践して、ふらふらしていたので心は静まりませんでした。実践で進歩するには念処の感情を一つ選び、それに忠実でなければならないと思うようになりました。技術的な問題ではないのだと。もし一番よい方法を探してそれを実践したいと思えば、当然問題が生じ、蓋(煩悩の一種。貪欲・瞋恚・睡眠・倬侮・疑法の五つ)が生じ、感情を選び間違っているのではないか、他の方法ですればこのような問題にぶつかることはないかも知れないという疑念が生じます。

蓋が生じるのは当たり前と思うべきです。どんな方法を選んでも、生じてくる障害と闘う忍耐がなければなりません。修行中の蓋は役に立ちます。知性に挑みかかってくるもの、知性を覚醒させ働きをよくするもの、私たちの修行を堅固なものにするものと捉えるべきです。

 その頃の私はまだ不真面目な修行者で、あれをやったり、これをやったり、あまり落ち着きませんでした。ある時一人のヒンドゥー教のお坊さんに出会いました。その方の生き方はとても帰依したくなるものでした。非常に欲のない方で、足ることを知り、修行の方法も仏教とあまり変わりませんでした。私は弟子のようにその方の近くにいさせてほしいと願いました。当時私は十八歳で、その方をとても尊敬していたので、ずっと一緒に暮らしたいと思いましたが、反対されました。その方が言われるには、私はまだ子供すぎること、それに両親の許可なしに出家してもよい結果が得られないと説得されました。

 そう言われても、西洋人である私には親の恩という感覚があまりないので、私は納得できませんでした。英語を勉強したことのある人は分かると思いますが、西洋人には親の恩という感覚が薄く「親の恩」という言葉がないので、英語に訳すことはできません。その頃、湖の中で修行すると非常に霊験があるとヒンドゥー教の人々が信じている、ある湖の畔に住んでいました。初めて継続的に実践をしたとき、私の心に浮かんできたことは、それまで一度も考えたことも想像したこともないことでした。

 実践の結果として想像していたことは、心が冷静になり、安定し、神通力が具わり人の心が読める、というような類のことを想像していましたが、実際に心の中に浮かんできたのは、両親への愛でした。親の恩をしみじみと感じました。どうしてそうなるのか、自分でも不思議でしたが、結局家へ帰る決意をしてイギリスへ帰国の旅に立ちました。

 私の父はとても貧しい家の出で、一族にはまだ一人も大学で高等教育を受けた者がいなかったので、父は私に非常に期待をしていました。私は学校の成績が良く、毎年学年で一番だったので、父は私をオックスフォード大学へ入れ、博士号を取らせ、末は大学教授にしたいと思っていました。父には沢山の夢があって、父にとってとても大切な夢でした。私は父の気持ちを十分知っていましたが、イギリスに着いた時には、生きることの価値はタンマの実践にあると考えていました。

 ヒンドゥー教の僧と別れた後、様々な実践を思い返して、最も自分が気に入って自信があるのはブッダの教えだという答えを得ていました。そして仏教の教えで精一杯精進努力を続けたいと思いましたが、在家では本気ですることができないと知り、胸が詰まるような思いでした。いずれにしても、もう大学へ行って勉強することは出来ないと分かっていました。しかし両親の恩を強く感じているのに、そして私を大学へやることが両親の強い望みだと分かっているのに、そうすることが出来ないのです。

私は非常に苦しみました。家に着くと父と話す機会を探し、そしてその機会が来ても上手く話せなくて、やっとのことで仏教の僧になる決心をしたと説明しました。

 大学進学を諦めることの他にもう一つ問題がありました。父は宗教に対する偏見があって、キリスト教は社会のダニ、市民の麻薬、まやかし物という考えがあり、どの宗教も似たようなものだと思っていたので、息子が世界を出て出家することは、酷く父を怒らせることでした。しかし私の説明を最後まで聞くと、父は「仏教のことは勉強したことがないので何も分からないが、父さんが一番望むことは、お前が幸せになることだ。もしお前が出家して幸せになるなら、父さんは満足だよ」と言いました。涙がこみ上げてくるのを感じ、私は涙を隠すために部屋を出なければなりませんでした。

 その日は愛ということを、真実の愛を理解した日でした。父は息子の幸せ以外何も望まず、自分の希望、自分の欲望を犠牲にしたと見えました。その日は人生で最も重要な日でした。その日から父を尊敬する気持ちが何倍も強くなりました。そして私自身も、愛とは何の条件もつけないもの、性欲やその他の欲望が隠れていない愛、何の見返りも求めない愛、与えるだけで何も求めない愛を理解しました。

 その後ブッダの教えをたくさん学んで慈しみという言葉を知ると、これをより詳細に理解するようになりました。慈しみとはタンマのある愛、すべての生き物に平等な愛のことです。時にはみなさんも自分自身を観察できます。外国人や他人、あるいはまだ会ったことのない人に慈悲をかけるのは簡単ですが、最も慈悲を掛けにくいのは最も身近にいる人です。最も身近な人に慈悲を掛けられないことで、自分自身を憂鬱にしています。だから一般の人の慈しみは「どうぞ生きとし生きるものすべてが幸福になりますように。あの人以外は」というようになり、どうしても例外があります。煩悩の固まりのような人、自分の嫌いな人だけは例外です。しかしこれは慈しみではなく、本当の慈しみは好き嫌いで人を選びません。

 愛は在家の誰の生活にも大切なもので、人生の拠り所にする人もいます。それは往々にして苦悩に満ちた人生にしてしまいます。愛してもいいです。戒にも反しませんし、間違いではありません。しかし仏教は、人生のすべてにタンマがなければならない、「私たちはいつか愛する人と別れなければならない」と自然の真実を熟慮しなければならないと教えています。自分が先に死ななければ相手が先に死にます。悲しませるために言っているのではありません。心を広く開いて真実を受け入れてください。私たちは通常、自分の感情を害すものから目を背けることで気分良くしていようと努めています。人間は自然な状態では感情を楽しみ、愛を楽しみたいからです。

 しかし私たちが何かを楽しんでいる時、その楽しむことが執着であり、界が生じ、生が生じ、不安定が生じ、動揺が生じます。すべての感情は不変でなく、原因があって生じるからです。感情に執着する人は、当然自然に逆らって不変であれと願いますが、人間は自然には勝てません。それは無駄な抵抗であり、苦しい抵抗なので、やがてうんざりし、絶望します。

 タンマを実践する人は、常にこの真実について考え、真実を受け入れないことによる害を、この世のすべてのものは移り変わっているのだから、何かに執着すれば途端に苦しむと考えます。こう考えて愛しても愛は消えないし、その愛は味もそっけもないものではなく、成熟した大人の愛であり、誰も傷つけない愛です。

 愛は、愛す人のタンマに関する知識と理解の深さで状況が変わると観察しなければなりません。心の拠り所である知性が、私たちの生活や言動を常に管理していなければ、当然自信の欠如を感じるという意味で、心の深い所でいつも何か欠乏を感じ、その欠乏感を愛で紛らわそうとするので、藁をもすがる思いで、あるいはひたすら愛を探し求めます。私たちの愛は欲望から生まれるので利己主義があります。

 しかし心の拠り所がある人、内的自信のある人は適度という感覚を知っていて、不足なものも過剰なものもありません。ちょうどいい加減を知っている人こそが、自由に愛すことができます。自分は満足していて心配事がないので、他人の要求に対して感受性が鋭く、人が何を恐れ何を悩んでいるかなど、周囲の人や状況を深く観察できます。タンマが染みわたっている心はとても創造的な心で、何も不満や不足がないので、何の見返りも求めず他人を助け、愛を与える準備があります。つまり相手が自分を愛すかどうかは相手の問題なので、自分は与え、与えることに満足します。自分の心の寂しさや虚しさを埋めるために愛を求めません。心の支えであるタンマがあります。愛は心の支えにはなりませんがタンマは心の支えになります。タンマは人間にとって最も重要なものです。

 私たちは常に自分自身の心を鍛え、自分自身を管理できる人間になるよう努力しなければなりません。自分自身を管理できなければ、失敗を避けることは困難ですから、自分の考えや言葉、行動を常に注意深く意識していることが肝心です。この自覚があるということは、面倒見のよい先輩、あるいは良友といつも一緒にいるようなもので、どこへ行こうと、どこに居ようといつでも警告してくれます。嘘を言おうとする時、悪口を言いかけた時、口うるさく愚痴る時、自覚は不満を表すため「おい、おい」と声をかけます。

 この「おい、おい」という言葉は慈悲の言葉で、「駄目だよ。そういうことを言うと他人に迷惑が掛かるから言っちゃ駄目」という忠告です。セックスのことで頭が一杯になっている時、誰かに危害を加えようと思っている時、何かに復讐をしようとしたり、誰かを出し抜こうと考えたりする時、このサ自覚が「おい、こら、やめなさい」と叫びます。私たちは止めざるを得ません。

 私たちはよく「止める、中止する、止まる」などという言葉を耳にしますが、聞いて快い言葉ではなく、かなり耳障りな言葉です。しかし止めること、思い止まること、捨てること、置くことは幸福に繋がりす。この世界の幸福にはいろいろな種類があり、貧弱な幸福、不純な幸福を捨てる勇気がなければ、豊かで純粋な幸福を手にする資格はありません。

 一つの部屋にいればもう一つの部屋には入れないように、同時に二つの幸福を手にすることはできません。自然の真実をよく観察して、表面的な幸福に酔い痴れることは、もっと素晴らしい幸福を知る機会を封じると受け入れなければなりません。だからどんな幸福が重要か、どっちが人生にとって価値があるか熟慮しなければなりません。

 幸福の最大の特徴は無常であることで、若い頃は世俗の幸福に溺れ、年を取ると自分は萎れた花か炎暑に曝された樹木のように感じ「人の一生はこれだけ、何も意味がない」と憂鬱になります。それは身体的な幸福が人生を意味あるものにすると執着していたからです。ところが今は目は霞み耳も遠くなり、座るにも「どっこいしょ」立ち上がるにも「どっこいしょ」。何を食べてもそれほど美味しくはないし、心の拠り所になる聖財(信仰・戒・多聞・慙・愧・布施・智慧)もありません。だから苦しく、過去を悔やみ将来を恐れ、心が萎れてしまうので女の人はお寺に近づき、男の人は妾を探し、どちらも無意味です。

 しかし徳や善から生じる幸福を生きる目標にするなら、私たちにはその幸福を手に入れる機会があり、生涯その幸福を味わい続ける機会があります。そして穏やかな幸福であり、私たちの心に生じて周りの人々に広がっていく幸福です。つまり人を助けるには、内面の徳があること、冷静さ、内面の幸福次第です。自分のことで手一杯の人は他人を助けることはできません。何を話しても信用する人はなく、何をしても結果はありませんが、徳のある人の言葉には重みがあり、行動にも重みがあり、何をやっても他人を感動させます。

 だから人助けをしたいと望むなら、まず自分自身を助けることを考えてください。他人を助けることと自分を助けることは、同じだからです。自分と他人を助ける人生は義務を行うことで明るく澄んだ人生で、最高に義務を行うには(執着を)手放すことで、期待できる結果はマッガ(道)に励むことで、それは非常に誇らしいことです。

 


ホームページへ                                            次へ