第一部 序章





 仏教を開示した人ブッダは、世界で最初に苦に完璧に勝利する方法を発見し、そして他の人が続いて実践できるように教えた人として、多数の人間が尊敬し、帰依する人です。賢い人はブッダの教えを理解できるので、ブッダのように幸福を受け取り、苦はありません。だからブッダが教えたようにして幸福を受け取る人は、賞賛して「ブッダ」と呼びます。ブッダとは、目覚めた人、明るく苦がない人という意味です。

 ブッダは、人間が実践できる人間の努力と賢さで、完璧に苦に勝利する方法を発見しました。『人間はいつでも完璧な幸福で生きることができる。人間の命は大いに喜ぶため、開花している花のように瑞々しく明るい自然の幸福のために生まれた。純潔で永遠の幸福は本当にあり、誰でも、どこででも、どの国でも、どの時代にも、現生で到達できる』と表明しました。

 私たちは、ブッダがどれほど真剣で勤勉な人で、どれほどの賢さで苦に完璧に勝利したか、生涯ブッダは人類に「新しい生き方」を広めるために働き、どれだけ沢山の人がブッダの方法で生きて幸福な結果を得、どの時代にも世界にどれほど平安をもたらしたかを知るために、ブッダの伝記を学ぶべきです。





第一章 シャキャ族の王子ゴータマ・シッダッタ




 ブッダ誕生以前、及びブッダ在世時のインドは、世界で有数の学門の発展した地域で、哲学者、宗教家、真実を探究して教える人々が国中に溢れていた。仏歴三百年から千年(西暦二四三-四五七年頃)のインドは非常に権力を増して栄え、たくさんの真実を広める人々が活躍していた。

 当時のインドには小さな国が数多く存在した。それらの小国は現在と異なる統治をしていた。つまり一つの王族、あるいはカッティヤ階級(士族階級)が国を治め、「サンターガーラ」という議会が国政上の問題を審議し、裁判をし、それぞれが一つの国家としての権力を有していた。

 ヒマラヤの南、現在のネパール国ベンガル省と接する辺りに、サッカという小国があった。サーカヤ族という士族がカビラパッスツの都を治めていて、王はゴータマ姓のストーダナで、王妃の名をマーヤーと言った。

 紀元前六二三年六月の満月の日、マーヤー妃は郊外へ外出の途中、ルムピニーの森で王子を出産した。王子の名はシッダッタ、姓はゴータマ、サーカヤは王族の名前である。その王子こそ、後に若くして大悟し、ブッダとなる人である。

 宗教的勤めを行ない、政府の顧問でもあるバラモン(祭司)が王子の人相を見て「シッダッタ王子は大人物になる相が三十二ある。在家でおられれば、四大洋に国境を接する偉大な領地を治める世界の皇帝になり、出家なされば大悟して阿羅漢サンマーサンブッダになり、世界一の教祖になる」と予言した。

 ヒマラヤの山麓に住むカーラテヴィラという仙人が王子の噂を聞いて訪問した。王子を一目見るや深々と頭を垂れ、「この王子は真理を悟り、世界のサンマーサンブッダとなられる」と予言し、すでに高齢な真理の探究者は、その真理を知るまで生きられないと残念がって落涙した。

 王子がブッダになるという予言を聞くと、ストーダナ王は不満に感じたが、皇帝になるという予言には満足した。昔からよくあるように、王子が貧困や様々な衰退を見ると、悲嘆して出家を思い立つかも知れないとバラモンたちが言うので、皇帝になる日まで、王子を世界の幸福に夢中にさせるため、ストーダナ王はシッタッタ王子に明るく楽しいことだけを見せる努力をした。

 マーヤー妃は、王子を産んでわずか七日後に逝去し、叔母であるパシャーバディー・ゴータミが王子を養育をした。ストーダナ王は王子の遊び場として、王宮内に三つの池を掘っていろんな種類の蓮を植え、最高の教師を探して学術と技術を学ばせたので、王子は知識と技術と体力のある素晴らしい若者に成長した。

 王子が十六歳になると、ストーダナ王は王子をピンパー・ヤショーダラーと結婚させ、二人が寒季、暑季、雨季に住めるように、三つの城を建てた。王子が満足する至れり尽くせりのサービスが受けられるよう、若い侍女を多数侍らせ、池や花園や庭園がある三つの城の周囲を美しく手入れした。父王は周囲の者に命じて、王子が世界の苦である貧困や病気や老いを目にしないよう、常に配慮した。



 シッダッタ王子は世界の楽しいこと、明るいことばかりを見て二十九歳になった。ある日宮殿の外にある庭苑へ行くために車を走らせていると、一人の老人が腰を曲げて杖をつき、難儀そうに道の端を歩いているのを見た。王子はそのような老人を一度も見たことがなかったので、不思議に思って御者のチャンナに「あれは何だ?」と質問した。

 「あれは年寄りでございます」とチャンナが答えると、王子は「生まれた時からああなの?」と続けて質問した。

 「とんでもございません。あの人も昔は王子様のように若く逞しかったですよ」。

 「他にもこういう人はいるの?」と王子が聞くと、チャンナは「幾らでもおります。当たり前です。私らも年を取るまで生きていれば、誰でもああなります」と答えた。

 「私もあんな風になるの?」と王子が問うと、「王子様だってなりますとも」とチャンナは答えた。

 この老人の悲しい姿を見て、王子は考え込んでしまい、車を引き返して宮殿へ戻り、そのことについて考え続けた。

 次に車で遊びに行く途中、王子は道端で横になってうめき声をあげている病人を見た。チャンナに尋ねると、「人は重病になると、誰でもああなります。誰も苦を分担してくれる人はいません」と、前回と同じ悲しい答えが返って来た。。

 三度目に馬車で出掛けた時、王子は道端で死んでいる人を見た。チャンナに尋ねると「人は誰でも、あの人のように死ななくちゃなりません。それに死は、若者も年寄りも子供も、人を選びません」と、又も悲痛な答えが返って来た。

 王子は老病死に関心を持ち、それらを悲惨に感じたので、いろんな娯楽を止めるよう命じた。そして「老いや病や死が避けられないのなら、娯楽に興じることに何の利益があるだろう。人間であることには様々な苦がある。この苦から解かれる方法はないのだろうか」と、心の中で考えてばかりいた。

 ある日王子がいつものように馬車で外出していると、渋染めの布を纏った修行者の幸福に満ち足りた様子を見た。そして「在家で家に住んでいると、心を縛りつけて心配させるものが多いが、出家すれば、滅苦の方法を探究することができる」と、人生の問題を考えていると、ちょうどその時、ピムパー妃が王子を出産したという知らせが来た。

 王子は「命の首かせがある。また一つ新しい首かせが増えた」と独りごとを言って城へ引き返した。王子は人間が生老病死に関わる苦を克服する方法を考え続け、その夜のうちに、すべての人間の利益である真理を探究するために出家する決意をした。



 すべての人類の利益のため、そして父王や妃、生まれたばかりの王子のために真理を探究する大きな仕事をするために、城を出る前に、夜遅くシッダッタ王子は妃の寝室を訪ねた。眠っているピムパー妃と生まれたばかりのラフラ王子を一目見て、それから眠っている侍女の側を通って御者のチャンナを起こし、御料馬カンダカの準備をするよう命じた。

 愛するシッタッタ王子が城を去って行くことなど想像もせず、誰もが深い眠りに就いている時、シッダッタ王子はチャンナを従えて馬で都を離れた。

 王子が出家をすることは父ストーダナ王や妃を非常に悲しませると、シッダッタ王子もよく知っていた。しかし父王や妃を含むすべての人間が世界の苦に直面していて、誰もその苦を克服する方法を知らないのだから、若くて体が丈夫な今すぐに、人類の幸福のための真実を探究するべきだと考えた。

 夜明け前に、国境に近いアノマー河の岸に着いたので、王子は馬を降りて手斧で髷を切り落とし、装束を村人の粗末な布と交換し、猟師から貰った土で染めた。

 それから馬と装身具、斧、切り落とした髷をチャンナに託し、ストーダナ王に「王子は真理を探究するために王位とすべての財産を捨てました。真実を見つけたら、その真実という布で王と妃の涙を拭くために戻って来ます。そしてあまり遅くなく成功して、都に戻れるよう望んでています」と伝言するよう命じた。



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