第四章 青年時代





 時は過ぎ、王子は青年になりました。それらの目を楽しませる物、つまりお城や、散歩や馬で散策するための庭園や池、王が手配した素晴らしい従者たちも、王子の深い考えを止めさせるために、何の効果もありませんでした。(49)

 王はこの事実を観察し、王子の心を楽しいことに引き留めておくために手配したものはみな、まったく効果がなかったと知りました。王は側近を集めて会議を開き、老仙人の予言を現実にしないためにできることがまだあるかどうか諮問しました。(50)

 側近の多くは、王子の心を引き留めて出家させない最も良い方法は、美しい娘と結婚させることだと言いました。そうすれば王子は妃に掛かりきりになり、他のことを考える時間もなくなり、そうしているうちに王の望む王位を継承するべき時になるでしょうと説明しました。(51)

 王はこの提案は最も良い提案だと思いました。しかし結婚後王子の心を虜にしてしまい、王子が、王妃を幸せにすることだけを考えて生きていけるような、愛らしくて魅力的な娘を、どのように探したらよいか分かりませんでした。(52)

 しばらく熟慮した後、王は名案を思いつきました。領内の美しい娘たち全員に、決められた日にカビラバスツに集まるよう触れを出し、王子の前を歩かせ、誰が最も美しいか王子に選ばせ、最も美しい娘に王子が直接褒美を与え、参加したすべての娘にも、それぞれの美に応じた賞品を、王子の手で下賜するというものでした。(53)

 スッドーダナ王は、そのようなお触れを出した後、智恵のある側近の何人かに命じて、王子がどの娘を一番気に入ったか観察させ、後で王に報告するために、その娘たちの出身を調べさせました。(54)

 美しい娘を選ぶ日になると、領内の美しい娘たちは、輝くばかりの列を作って、一人ずつ王子の前を歩き、王子の審査によるそれぞれの賞を、王子の手から貰いました。(55)

 娘たちは、王子の手から賞品を貰う栄誉や感激より、恐れを感じ、友達のところへ戻ってから明るい気持ちに戻り、全員がそのようでした。王子は、娘たちが知っている若者とはまったく違うので、娘たちがそう感じるのも当然でした。王子はそれらの娘たちの美しさを、審査する目で見る気持はありませんでした。更に真実を言えば、王子はそれらの娘たちに何も感じませんでした。(56)

 王子の手は娘たちに賞品を下賜していても、心はまったく違うことを考えていました。それは、娘たちの笑みを含んだ目や魅惑的なしぐさより真実であり、重要なことでした。褒美を下賜するために王座に座っている王子を見ると、普通の人間というより、天人の一人のように見えるという娘もいました。(57)

 催しを見守っていた側近たちは、王子が、集まった娘の誰にも満足しなかったので、王の計画が失敗だったことを報告しなければならないかと危惧しました。娘たちの列は終わりに近づき、賞品もほとんど残っていませんでした。王子は静かに座ったままで、心は動揺せず、誰もが目を奪われる美しい娘たちにも、まったく興味がないということが見て分かりました。(58)

 最後と思われる娘が王子の前まで来て、最後の賞品を貰った時、時間に遅れた娘があわてた様子で入ってきました。娘が王子の前に来た時、見守っていた側近たちは、王子が少し動揺しているのを観察しました。娘も同様でした。他の娘のようにはにかみを含んだ微笑で会釈せず、王子の顔を真っ直ぐに見て、そして微笑んで「私への褒美はまだ残っているかしら」と聞きました。

 王子は微笑みを返して「残念だが褒美は終わってしまった。あなたはこれを受け取りなさい」と言うと、自分の首からサンワーラ(肩や首に掛ける宝石で飾った帯状のもの)を外して、娘の手首に掛けました。(59)

 それを見た側近たちは喜びで色めきました。調査の結果、最後の娘はヤソーダラというスッパブッダの姫と分かると、急いで宮殿へ戻り、一部始終を王に報告しました。その後王は、スッパブッダの家へ遣いを遣り、ヤソーダラ姫をシッダッタ王子の妃に貰いたいと申し込みました。(60)

 ヒマラヤ山麓の、勇敢で強いサーキヤ族の王子には、種族内に一つの慣習がありました。結婚をしたい若者は誰でも、自分が賢くて弓と乗馬と剣に熟達していることを、大勢の人に披露しなければなりませんでした。シッダッタ王子が王太子でも、多くの若者と同じように、慣習に従わなければなりませんでした。

 決められた日になると、サーキヤ地区の賢い強壮な若者たちが、カビラバスツの広場に集まりました。誰もが、腕に自信のある騎手や弓や剣の名手でした。側近や領民が見守る中で、全員が自分の乗馬や弓や剣の腕を競い合いました。(61)

 シッダッタ王子はカンダカという名前の白馬に乗り、手綱さばきの勇敢さを披露し、競い合った結果、他の人と同等、あるいは領内一になりました。弓では、王子は誰よりも遠く、正確に射ることができました。その時領内で最も優れた弓の遣い手と見なされていたのは、従兄弟のテーワダッタ王子でした。(62)

 剣の試合では、若くて太い木を一刀で切断しました。あまりに正確で緻密だったので、切断された木が元通りに立っていて、見物人は、まだ切っていないと考えるほどでしたが、風が吹いて来て木が倒れると、バターをナイフで切ったように滑らかな切り口が見えました。この剣の試合でも、王子は最優秀者になりました。つまりこの国には誰も敵う者がいないと思われていた、ナンダという異母兄弟に勝ちました。(63)

 次は乗馬の試合で、足の速いカンダカという白馬のお陰で、王子は他の人を背後に退け楽に勝つことができ、競争相手はみな不満に思いました。

 「王子がこんなに簡単に勝てたのは馬のせいだ。僕らだってカンダカのように速い馬がいれば勝てたんだ。馬が良かったんだ。騎手が良かったんじゃないよ。それなら、誰も乗せようとしない黒い暴れ馬に誰が乗れるか、誰が一番長く乗っていられるかを試す方が良いよ」と、照れ隠しに言う人がいました。(64)

 そこで王子たちは代わる代わる暴れ馬を捕まえ、何とかして飛び乗ろうと、力の限り努力しました。誰もがそのたび強暴な暴れ馬に振り落とされ、地面に叩き付けられました。そして領内で最高の騎手と言われているオーラジュン王子の番になると、オーラジュン王子は、簡単に馬の背に乗ることができ、そして馬を走らせようと鞭を打ちました。

 しかし次の瞬間、この馬がこんなことをするとは誰も想像し得なかったことに、突然首を曲げて、固く鋭い歯で王子の足を挟み、背中から引き下ろして地上に投げ落としました。もし注意深く見守っていた従者が駆け寄って引き離すのが遅ければ、そして別の従者たちが寄って集って馬の背を叩かなければ、この馬がオーラジュン王子に、命を失うほど危害を加えることはなかったに違いありません。(65)

 その強暴な馬がこれほど大暴れをした後でも、次はシッダッタ王子の番でした。人々は、国一番の騎手と言われていたオーラジュン王子でさえ、やっと命拾いをしたのだから、シッダッタ王子は命を落とすに違いないと考えました。(66)

 しかしシッダッタ王子は普通に優雅に馬に近づき、一方の手を首に置き、優しい言葉を二、三言掛けながら、もう一方の手で鼻を撫でました。それから両側の脇腹を軽く叩きました。最初に、こんなことができるなんて、人々は目を疑いました。あの暴れ馬が大人しくされるままになっているばかりか、王子が背に乗ることも許し、王子の命ずるままに前進も後退もしました。

 完全に王子の命令を受け入れていることは一目瞭然で、恐れずに馬に近づき、鞭も使わずに乗りこなすことができた初めての人と言えます。馬自身でさえ、それまで誰からも受けたことの無い王子のような扱いを奇妙に感じ、恐れもせず、残忍でもない王子が乗ることを許し、命令に従ったのです。(67)

 人々は最終的に、シッダッタ王子が、ある意味国内で最も優れた騎手であること、そして美しいヤソーダラ姫の夫にふさわしいと認めました。ヤソーダラ姫の父スッパブッダは、この見解に同意し、自分の娘を、勇敢な美男子である若い王子の妃として嫁がせるのを快諾しました。(68)

 シッダッタ王子は、人々の歓喜と賞賛に包まれて絶世の美女ヤソーダラ妃と結婚し、若い二人が明るく楽しいものに囲まれて過せるよう、王が新たに建造した美しい城に移り住みました。(69)

 ここまで来るとスッドーダナ王は、王子が王位を捨てて出家したいと思うことは無いだろうと安堵しました。しかし、王子の考えをそっちの方向へ傾かせないために、そこにいる者たちに、老いとか病気とか死などの悲しくなる言葉を一言も使わないように命じました。側に使える者たちは、この世界に望ましくないものは無いかのように振舞うよう努めました。(70)

 そればかりか、王は内部や外部の使用人たちが少しでも老いや疲れや、病気であることが外から見て分かる者は、王子の城から出るように命じました。そして王子の城とその周辺の庭園には、若さと幸福に満ちて、明るく笑んでいる若者以外は、誰も近づかないように命じました。もしそこで誰かが転んで怪我でもすることがあれば、急いで外へ連れ出さねばなりませんでした。そして元通りに完治するまでは決して戻ってはなりませんでした。(71)

 厳しい王命により、そこにいる者は、王子の前で疲れや悲しみを見せることを禁止され、王子を取り巻く人達は誰でも、日夜、明るく楽しく爽快ですっきりした表情をしていなければなりませんでした。そして踊りや音楽の演奏でお慰めする時にも、決して疲れた様子を見せてはなりませんでした。

 要するにスッドーダナ王は、この世界には微笑と笑いしかなく、喜ばしいことが満ちている若者による行動以外のものがあると、王子が知ることも想像することもないよう、あらゆる手立てを尽くしました。(72)

 その目標を更に完璧にするために、王は王子の城と庭園の周囲に、高い城壁を巡らせ、そして門番に、どんな場合にも王子を外へ出してはいけないと厳しく命じました。

 こうすることでスッドーダナ王は、王子が若者と娘の楽しい様子と、美しいもの以外を見ることはなく、愉快な歌、楽しい音楽だけを聴き、そして父が手配した生活に満足し、出家する考えを起こすこともなく、王の最愛の王子としての生活以上のものを探求することはないだろうと、安心することができました。(73)



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