ブッダは非常に満足している弟子がいました。そしてその弟子も非常にブッダを尊愛していました。名前をアーナンダと言い、ブッダの従兄弟に当たります。ブッダが出家して四十五年になり、老いを感じ始め、手伝いをする人が必要になったので、アーナンダを世話人に選びました。
ブッダはアーナンダを通じて比丘たちに連絡したので、アーナンダはブッダの言葉の伝達者になり、他の比丘たちも同様に、ブッダに用事があるとアーナンダに話し、ブッダに伝えてもらいました。ブッダに許可をもらう時でも、他のこと何でも、すべての比丘が直接ブッダに言わずに、アーナンダに連絡することに満足していました。(399)
ブッダにはこの他にも、出家して比丘になり、一緒に住んでいる従兄弟がいました。そしてブッダに対する振舞いや行動がアーナンダとは正反対でした。何でも言うことを聞いて喜んで従わず、ブッダに対して嫉妬や競争心があり、ブッダのサンガを消滅させる努力をしていました。(400)
ブッダに敵愾心を持っていたこの従兄弟は、テーヴァダッタと言います。彼は国王と同じサーキヤ族だったので傲慢で尊大でした。だからサーリーブッダとモッカラーナが出家して比丘になり、王族でも王の血統でもない二人が、ブッダのお気に入りの高弟として、他の比丘たちから持ち上げられ、尊敬されると、テーヴァダッタは比丘集団を離れ、ピンピサラ王の息子で王太子である、アジャータシャトル王子の友情を求めてラージャガハへ行きました。
ラージャガハへ着くと、アジャータシャトル王子の興味を引くような知識と態度を見せて、気に入られ愛されるよう仕向けた結果、王子はテーヴァダッタ一人のための住まいとして、ラージャガハの近郊に、精舎を建てて寄進しました。その後身近な支援者になりました。(401)
それから何年も過ぎて、ブッダが再びラージャガハへ行った時のことです。テーヴァダッタはブッダに拝謁し、自分が首長になる別のサンガを組織する許可を願い出ましたが、ブッダは「サンガを分派することは良い結果にならない」と拒否なさいました。テーヴァダッタは自分の考えを確信していたので、何度も繰り返しお願いしましたが、ブッダはその度に拒否しました。
その時テーヴァダッタの競争心と嫉妬心に火が付いて、恨みを抱くまでになり、ブッダが認めようと認めまいと、自分の分派を作る決心をしました。アジャータシャトル王子はこの考えを全面的に支持し、王子の父であるピムピサラ王は、分派騒動に手を貸すことを断固拒否しました。(402)
テーヴァダッタはあの手この手を使って、アジャータシャトル王子に気に入られ信頼されるようにし、何でも望み通りにできるようになりました。自分はアジャータシャトル王子の強い信頼を得たと見たテーヴァダッタは、王子に、ピンピサラ王を退かせて王子がマガタ地方の王になれば、誰にも妨害されずに何でも気に入ったようにでき、自分が新しいサンガを組織する支援もできると王子に提案しました。
アジャータシャトル王子は、すべてテーヴァダッタの提案どおりにしましたが、父親の体から流血を見るのを恐れて、弓や刀は使いませんでした。しかし王を捕らえさえて牢に閉じ込め、餓死するまで食事を与えないで無残に命を奪いました。母である王妃が必死で助けようとしましたが、成功しませんでした。ブッダが大悟して三十七年後に、アジャータシャトル王子が父の命を奪い、父に代わって王になり、マガタ地方の王位を継ぐ事件が起きました。(403)
その時テーヴァダッタは、何でも願い通りに叶えてくれる、友達でもあり、庇護者でもある新しい王が誕生したので、万全の力がありました。そこでテーヴァダッタはアジャータシャトル王に、たくさんの褒美を出して弓の名手を数人集め、ブッダの住まいへ差し向けて、矢を射てブッダの命を奪うようお願いしました。
雇われた弓の名手たちがブッダの住まいへ到着し、ブッダの物静かで上品で堂々として厳かな態度を見ると、前金を受け取っているにも関わらず、任務を遂行することができなくなってしまいました。ブッダの崇高な様子に心を奪われ、完然にブッダを崇拝する気持になり、ブッダに向けて矢を放つことなく、ブッダに拝謁して足の裏が見えるほどひれ伏して深い敬意を示しました。
ブッダとほんの少し言葉を交した後、彼らが自らの任務を白状して許しを乞うと、ブッダは即座に彼らを許し、彼ら全員が生涯ブッダの弟子となることを誓いました。(404)
テーヴァダッタは、差し向けた刺客がブッダの命を奪うことなく、平然と弟子になってしまったことを知って怒りで煮え繰り返り、他人を頼らずに、自らの手で実行する決意をしました。(405)
ブッダの住まいの近くに、ブッダが外出する際に麓を行き来する山がありました。ある日の夕方、ブッダがその道を歩いていると、テーヴァダッタはその山の上で、ブッダの命を狙おうと隠れて待ち伏せしていました。大きな岩を掘り出し、ブッダがそこを通りかかった時に上から落として、麓の道にいるブッダを殺害しようと待ち構えていましたが、落とした岩は途中の大きな岩にぶつかって砕けてしまい、世尊の頭上に落ちませんでした。
岩の小さな破片がブッダの足に当たり、その後しばらく外出ができなくなりましたが、重傷という程ではなく、歩いて精舎へ戻り、ジーヴァカという手馴れた医師の手当てを受けました。傷に薬を当てて布で巻く熟練した手当てをしたので、ブッダの怪我は間もなく全快しました。テーヴァダッタの悪巧みは、再び失敗に終わりました。(406)
しかしテーヴァダッタは、偉大な教祖の殺害を止めようとしませんでした。自分が比丘たちの頭首になるために、ブッダを殺害する別の方法を探しました。ブッダを亡き者にして、何としても自分が比丘たちの頭首になることを目指す次の計画は、ブッダが朝ラージャガハの街へ托鉢に行く時、盛りがついた雄象を道に放して、ブッダを踏み潰させることでした。
その時になると、その象はテーヴァダッタの企み通りにならず、ぽつんと静かに突っ立って、ブッダの通行の妨害をしませんでした。これがテーヴァダッタの悪巧みの三度目の失敗です。(407)
三度の失敗により、テーヴァダッタはブッダの命を奪う考えを捨てましたが、ブッダのサンガを消滅させる考えはまだありました。テーヴァダッタは何事もなかったような態度でブッダに拝謁しに行き、「人々から、他の教義の修行者に比べてブッダの弟子たちの暮らしぶりは快適過ぎると見られています。僧たちの実践に厳しさが足りないので、他の教義の修行者のように厳しくすれば、今よりずっと良い結果になると思います」と奏上しました。(408)
テーヴァダッタはブッダに、その日から規律を改めるようお願いしました。つまり比丘たちが屋根や囲いのある所に住むことを禁じ、木の根元や森や屋外で生活すること、また、喜ばせるために作って精舎に届けられた料理を食べることを禁じ、普通の托鉢で貰った食べ物だけを食べるようにし、その他の物は食べないようにさせること。
そして人々が献じるような生地の良い、縫い上がっている僧衣を着ることを禁じ、ゴミの中や墓地から拾ってきた布を縫い上げた衣を着ること、そして比丘たちに一切の肉や魚介類を食べることを禁じ、菜食をさせること。これらを厳格に規則とし、従わない者は仲間から追放するよう、ブッダにお願いしました。(409)
ブッダはテーヴァダッタのこの提案をはっきりと拒否しました。木の根元や戸外でずっと暮らしたい人はそうしても良いが、そうしたくない人は、誰かが寄進した建物に住めば良い。他の問題についても、ブッダは同じ規則を言われました。つまり托鉢した食べ物だけを食べたい人、ゴミの中や墓地から拾ってきた布を集めて自分で作った衣を着たい人、肉や魚を食べないで野菜だけを食べたい人はそうしても良い。
しかしそうしたくない人はそうする必要はありません。そして最後に「規範に背く努力はサンガの分裂に繋がるので、してはいけない。さもないとテーヴァダッタ自身に良くないことが起こる」と忠告しました。(410)
テーヴァダッタはブッダの忠告に耳を貸さず、腹を立てて帰りました。それでもまだアーナンダに規律を厳しくする考えを説明して賛意を得ようとしましたが、アーナンダはテーヴァダッタの考えを否定し、それまで通りブッダの考えを支持しました。(411)
テーヴァダッタは地方の田舎へ行きました。その辺りの比丘たちはしばらくブッダに拝謁していないので、何も事情を知りませんでした。そこでテーヴァダッタは、自分の考えた新しい規律の信奉者をある程度集めることに成功し、テーヴァダッタを長とする新しいサンガを結成しました。それを知られたブッダは、比丘たちの安全のために、サーリプッタに、比丘たちを説得させに行かせました。
サーリプッタがそこへ到着すると、たまたまテーヴァダッタは昼寝中でした。サーリプッタは比丘たちに、ブッダがこの問題にどのような見解を持たれているか事実を伝え、テーヴァダッタに関するいろんな事実も説明しました。短い時間にその比丘たちは心を変え、世尊にしたがって厳しく実践するために立ち上がり、一斉にサーリプッタと一緒に引き上げました。(412)
午後に目を覚ましたテーヴァダッタは、子分たちが異常に静かなことを訝り、理由を知ろうと思って良く見ると、そこに比丘が一人も残っていないことが分かりました。そして間もなく、出来事を見ていた人から、自分が昼寝している間にサーリプッタが来て、比丘たちと話した後、一斉にブッダに会うためにその住まいを捨てて行ってしまったと聞き、非常に憤りました。
その時テーヴァダッタは疲労困憊していたので、ブッダがテーヴァダッタの比丘たちを連れ去った目的は何のか知りたくて、使用人に輿を作らせ、ブッダの住まいまで担いで行かせました。(413)
テーヴァダッタが怒ってブッダの所へやって来るという知らせを聞いた比丘たちは、揃ってブッダに拝謁し、怒っているテーヴァダッタは、今度は目の前で危害を加えるかも知れないと言って、ブッダに逃げてくださいとお願いしました。しかしブッダは、テーヴァダッタが来ることを少しも恐れず、テーヴァダッタは何も危害を加えることはない、とサーリプッタに言いました。「テーヴァダッタが何をしても私は無事です」と主張なさってて、ブッダは逃げるように進める比丘たちの進言を断りました。(414)
その後届いた知らせは、ブッダが予言なさったことがすべて真実になったことを、比丘たち全員に証明して見せました。テーヴァダッタが乗った輿は途中で休憩し、そこで、誰も想像しない状況で命を終えました。真実は、すべて真実どおりに、正しい真実でなければなりません。死はテーヴァダッタがブッダの命を奪おうと努力しているその時、その場で、彼自身の身に落ちました。(415)
その後は、ブッダ自身の個人的な事件以外には、ブッダの生存中にサンガが混乱状態に陥ることはありませんでした。
ゴーサラ地方のサーキヤ王族の王や王子のほとんどとは、戦争で消滅しました。ブッダが諌めて止めることができたのは、初めの三回だけでした。この事件はブッダが涅槃に入る間際に起こっています。(416)
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