文字どおりに捉える僧

 

 仏教の言葉だけを捉えるのと、意味だけを捉えるのとでは、当然結果は正反対になり、二つの派が生まれ、二種類の仏教が生まれるので、付随する結果は混乱です。

 言葉どおりに捉える人たちは、本来の意味と自分の必要性に食い違いが生じた時、言い訳として文字の意味を最善と見なします。たとえばお金を受け取ることを禁じた律の部分は、律が禁じているのは「お金」だけだと言い訳することで、多額のお金を所有することができ、あるいは綿の座布団の上に座ることが禁じられていても、スプリングのフワフワした上には座ることができます。律で禁じていないからです。

脚の長い鉄のベッドを板で囲って脚を短く見せれば、そのベッドは律に反しない、使って良いベッドになります。お金を受け取らないでお金を所有できるなどは、わざと言葉どおりに捉えることが原因であることを証明する見本です。

 見ると、心が純粋で善意の人たちも、「長老が鉢を透かして見る(訳も分からず他人の真似をするという意味)」と笑われるような、非常に文字どおりに捉える他の症状があります。たとえばタイの雨季はインド中部の雨季と時季が一致しませんが、雨安居の期間をインドと同じに捉えなければならないので、タイのある地方では、出安居の時に雨が降り始めるということもあります。これは、鉢を透かして見る長老の状態に負けません。

タンマの面も律の話に劣らず、『一切智』という言葉の意味を、ブッダは何でも知っていて、世界中の言葉を知り、世界中にある過去、現在、おまけに未来も含めたすべての学問を知っているという意味に解釈する人がいます。一切智という言葉は、すべてを知る人という意味だからです。

ブッダはローガヴィドゥー(世間解)なので世界の隅々まで知っていると、こう言う人もいます。アメリカはまだなかったので、ブッダはアメリカへ行ったことがないと言う人がいると、未来智で知ることができると言って、激しい論争になります。

意味だけを捉える人たちは、自分の必要性が本来の意味、あるいはそれまで捉えてきた意味と食い違いが生じれば、文字どおりに捉える人よりむしろ出口が増えます。わざとすれば、意味をどう解釈することもでき、制限はあまりありません。ある律が仕事の障害になると見れば、文字どおりに捉える人たちが、密かに間接的に廃止するように、彼らは公然と廃止を宣言することができます。

百年単位の世界の変化は、何千年も前に規定されたいくつかの規則を、私たちが維持していくのが困難なほど、非常に大きな変化を生じさせ、たとえば今比丘尼はいませんが、比丘は未だに比丘尼が実践すべき規律について述べているパーティモッガを唱えています。

比丘たちは、この世界に再び比丘尼が現れることは絶対にないと固く信じているのに、です。これはただ、「比丘は二二七項(比丘尼のシッカーパダも含めて)のシッカーパダ(学処)を持順守している」と言われるためで、見ると不思議です。

意味だけを捉える人たちは、パーティモッガとして唱えるシッカーパダ(学処)を、理由と時によって、好きなように変えることができ、最後には、以前は律として唱えていたものが、タンマの分類になったものもあります。これは滅苦を重要な目標にするので、集団の小さな規則は重要と見ないからです。文字どおりに捉える人たちに「厳格さを自慢する」機会がある分だけ、意味だけを捉える人たちは「柔軟さを自慢する」機会があります。

しかし純粋な意図がなければ、非常に厳格な人たちも非常に柔軟な人たちも、それぞれ彼らが仮定している右端と左端を捉えるので、涅槃をかすめもしません。右端の人はテーラワーダ、あるいは小乗で、左端はアーチャリヤワーダあるいは大乗で、そして人々が信じているように、ブッダの時代の仏教は、テーラワーダでも大乗でもありません。

私は、愛する私たちのタイの仏教が、右端にも左端にもならず、「言葉も意味も」と言うように、世界のどこの地域よりも尊敬され、信頼されるものでありたいと望みます。

宗教がまだ国の存在に依存していて、そして政治的必要が宗教的な期待より火急のものなら、文字どおりの僧は国の役に立つことはできません。そして意味だけを捉える人たちにできるのは、国の下で宗教を転覆させることだけです。要するに、国はどちらからも利益を得ることができず、一方は目をパチパチさせて座っていて、もう一方は引っ張ったり転んだり起き上がったりして体勢を崩します。

みなさん、どちらが仏教か、あるいは人間にとって利益になるか、考えてみてください。特に私たちタイ、あるいはどこの国のサンガでも、右端になるか左端になるか、あるいは中道にするかは心次第であり、当然重要なのは、大部分の構成員の心です。しかしそれ以上に重要なのは、みなさんが右端、あるいは左端の人たちの群れの中に生まれてきたら、どれくらい右に傾いているか、どれくらい左に傾いているか、その教団員は感じることができないことです。

1943年9月12日


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