本当の人間性

 

私は、内心の感情が強烈で、自分は人という言葉の意味として完璧だという最高度の確信が、行動や言葉に溢れている人に何人も会ったことがあります。だから高慢で、友達が話すことは程度が低すぎて、人間の線まで行っていないか、時代遅れの古臭い話ばかりに見えます。

  私が意図して、これらの人が理解している「本当に人間である点」を考えてみると、収入が多いこと、仕事が楽なこと、地位が高いこと、そしてどんな楽しみも、ハイレベルの人の行動として人気のある状態、あるいは方法で手に入れられることです。

簡単に言えば、その人が考える「人間の意味」とは、最高の名誉があることです。このようなら、その人の人間の意味を指す針は、名誉がある仕事、結果の多い仕事を指していて、そして欲望、つまりああなりたい、こうなりたいという期待でしています。

  その傾向の人は著しく身勝手な生き物の一種で、どんな種類の生き物よりも野望の奴隷であり、そして人間は、たぶん自由と静かな幸福のために生まれた生き物ではないと、熟慮して明らかに見えました。

なぜなら、穏やかな幸福のために生まれたのなら、四六時中自分のために考え、自分のために行動する身勝手の奴隷になりたがるはずがないからです。寝ても夢を見、ベッドの上で寝床が痛ければ、体を労わるものを求めて、際限なく考え続けます。人間以外の動物は、この種の人間と呼ばれる生き物よりは、非常に多くの休息や静寂を味わいます。

 

  もう一つ、人とは「自我の房」あるいは「自分の房」が際限なく拡大している動物の一種で、その拡大は、自分が背負っていくためだけです。

 初めは、自我の房は一つしかありませんが、「人らしさ」が多くなると、妻や夫や、子や孫、部下、使用人、内弟子、戒を与えた弟子などが房になり、「徳や波羅密」と呼ばれるものが増えると、部下一人一人の自我の房が伸び、それらの小さな房が集まって大きな一つの房になります。

 初めの自我が胸を広げて受け入れ、そのように大きな房を提げていることは、最高の名誉だと自負する所有者になるからです。

 これが人であることの目的の例です。人の名誉とは大きな自我の房を背負うことと結論できます。

もう一つかなりはっきりしていることは、動物の一種である人は、他人より得をしたことがあり、そして他人が自分より得をしていると感じたこともあります。これらの感覚は、鳥やネズミ類にはない感覚です。人らしさがまだ少ないうちは、あまり誰かが自分より得をしている、あるいは自分を軽蔑していると感じません。

今述べているような人らしさが増えてくると、些細なこと一つだけでも、他人が自分を軽蔑している、自分を不利にしている、自分を尊重しないと感じ、大きな集団のトップであること、良くあら探しをすること、部下、あるいは小さな房を叱責することが、自分の名誉の輝きを増すと考えます。

  別の言い方をすれば、人とは、怒りを溜めること、あるいは友達同士で復讐することを知っている動物と言うこともできます。人より下等な動物には、そういうことはできません。この意味での人であることの目的は、他人に軽蔑され、いじめられることを許さないことに違いありません。

これらの方々の人らしさの状態を観察すると、人であることの最高点に到達して、述べたような意味での「自分とは何か」の意味に確信があります。しかし私はまだ、それらの方々を正しく理解している自信がないので、引き続き何回も繰り返し観察しましたが、最終的に、それ以上のものは発見できませんでした。

 そこで、人間の心の中にあるだけの、普通の意味の人らしさとは、大きくかけ離れていると結論しました。それだけです。しかしいずれにしても、私は、人であることがそれだけだということに満足しません。まだ他にあるはずです。

  次に、自我のない人を見ると、自分や他人を、それぞれの事情によって生まれ、成長し、最後には枯れて滅びる植物か穀物のように見ていて、この種の人の自我の房は、生じても定着せず、強くなれば自分もなくなり、人も動物もなくなり、自分のことだけを考えず、仲間や房と捉えず、名誉を得た、失ったと感じることもありません。

体を維持するため、自然に耐えるためだけに働き、智慧で自然に借りを返し、たとえば両親に養ってもらったら、扶養して恩返し、まだ幼いうちは自分の子や孫を養育します。この、自然への借りを返すことを、誰が損だ、得だと考えません。

この世界は、原因と縁によって循環しているものしかないので、いつも喜んで許し、真実を生きる教えと捉え、自分の願望を叶えるものとして「功徳や波羅密」を求めず、何物も自分の物として掻き集めません。

その人の本性を見ると、その人の人間性は、初めに述べた種類の人と正反対に見えます。結局私は、それならば、どちらの側も満足できる意味の、本当の人間らしさはどちらなのだろうか、という問題に突き当たりました。

                                                                        1951年9月20日


ホームページへ                                           目次へ戻る