アゴを管理し喉を管理したいタン

 

                   1980817

 タンマにご関心のある善男善女のみなさん。今日のお話は、「アゴを管理し喉を管理したいタンマ」と題してお話します。ぎこちないように聞こえるかもしれませんが、みなさん、前回の話を思い出してください。一貫性を求めるタンマ、ふさわしさを求めるタンマ、頭と尾を求めるタンマ、と順に話し、今日はアゴを管理し、喉を管理したいタンマです。

「アゴを管理する」は、噛みつくべきでない物に噛みつかないこと、「喉を管理する」は、飲み込むべきでない物を飲み込まないことです。この法話は毎回、タンマを戻そう、戻らなければ世界は破滅する、という思いでしています。人類の穏やかな幸福のためにタンマを戻すことが重要なので、タンマを戻すために何でもします。

初めに、「道徳が戻らなければならない。でなければ世界は破滅する」という話を、繰り返させていただく機会を頂戴します。どうかみなさん、うんざりしないでください。道徳の利益を見れば、道徳を取り戻すために正しい行いをする気力にするのは簡単です。

最も重大な問題は、今人は動物より進歩し、知恵も頭脳も、何でも動物より進歩していますが、問題を作り出す方向、あるいは苦を生み出す、動物にはない種類の進歩ばかりなことです。これは注意してください。動物に笑われ、動物に恥ずかしいです。

私たちは鎮痛剤などを飲みますが、猫や犬やカラスや鶏は、鎮痛剤を飲んだことがありません。動物は一錠も飲んだことがありません。

眠れない人は睡眠薬を飲まなければならず、それが普通になります。動物は睡眠薬を飲んだことがなく、睡眠薬を知りませんが、十分眠って健康です。

神経症の人が十万人、精神病の人は何万人もいると聞きました。しかし私は、神経症、精神病の動物を見たことがありません。これは恥ずかしいです。私たちは動物より知恵があるのに、なぜこういう問題が生まれるのでしょうか。

 また別の観点から見ると、動物には政治の問題、社会の問題、経済の問題、行政の問題、健康の問題はありません。これらの問題は、すべて口や腹の問題が原因なので、口や腹を管理しなければなりません。つまりアゴと喉を管理します。

 動物には不正はなく、不正な役人も、不正な国民もいません。動物は迫害しないので、戦争という言葉はありません。動物には、自分を騙す「執着」という病気、つまり煩悩を管理することを知らない進歩発展の問題はありません。

 これが動物に恥じないために、人が動物より進歩発展してこれらの問題を作ったことを償う、何かがなければならない理由です。動物には問題はなく、私たちには、あるべきでない問題があります。あるいは当然あるべきかもしれませんが、それが動物との違いを生じ、そういう問題があれば、私たちは動物より劣ります。そういう問題がなくても、私たちには動物と違う点があります。つまり利益になること、喜ばしい功徳になることをします。

 今、動物より進歩発展した脳を持ち、そして動物より問題や苦が多い人間の罪を洗うために、これからタンマを戻すということです。これは、ロクデナシの人たちが、「なぜ動物より知恵があるのに、動物より苦が多いのだ」と嘲るように、タンマが戻らなければなりません。

 私たちは、タンマを使って毒や危害が生じないように防ぐことができます。知性の進歩が物質面だけで、心の面にならないために、動物に恥ずかしい問題が生じるからです。

タンマが戻れば人間は幸福になれます。今国中にあるような娯楽施設がなくても、働くことで幸福になれます。

タンマとは義務を行なうことで、義務を行なえば、タンマの行動をしたと感じ、滝のような汗を流しても幸福に感じます。タンマのない人たちは誰も望まない、汗から生じる幸福になります。

 タンマがあれば、汗に幸福を見出すことができ、悪は消えます。つまり酔う水を飲むこと、夜遊び、色んなショウを見ること、賭博、悪人との交友、仕事の怠慢などは無くなります。戻ってきたタンマがあるので、人も悪に落ちません。つまり地獄に落ちた人のように苦しくなく、動物のように、滅苦に関して愚かでいる必要はなく、餓鬼のように美味さに飢える必要もなく、阿修羅と呼ばれるほど、恐れるべきでない物に臆病ではありません。

 人にタンマがあるのでロクデナシも減り、性犯罪も減ります。遅くまで一人で遊ぶ若い女性はいなくなり、毎日のように新聞に書かれている事件は起きません。ロクデナシは減少します。ロクデナシとは、アゴと喉を管理しない人のことです。アゴ、つまり美味さに負け、喉、つまり満足を知らない食欲に負け、国中にロクデナシ、つまり肉体面の幸福を崇拝する族が生まれます。

 タンマが戻れば、麻薬を追放することができます。アゴと喉を管理することを知っているので、麻薬を崇拝するほど愚かでないからです。

 しかし最も重要なことは、タンマが戻れば、人間の教育が順調になることだと思います。今教育は行き詰まり、あるいは十分でなく、欠けている物がたくさんあります。タンマが戻れば、教育は完璧になり、勉強を知り、職業を知り、どうやって人間になるかというタンマを知り、教育は順調になるので、教育の問題はありません。

 これらの問題は非常にたくさんあります。たとえば子は「母親とは何か」を知りません。動物が知っていることも知りません。それは母乳を飲み、母を愛すことで、畜生でもできるのに、子どもは心情では、心や魂では母親を愛してなく、「母親は子にとって阿羅漢」と知りません。母親は子の阿羅漢であり、初めての先生であることも知りません。

 母親は、預金しなくてもいつでもお金を引き出すことができる銀行、ということも知りません。預金をしないで、いつでもお金を引き出せる銀行がどこにあるでしょうか。それが母親です。

 子は母の恩を知らず、母を愛しません。自分の母親も愛さないで、どうして国や宗教や国王を愛すことができるでしょうか。どうぞ、教育が上手くいっていないと考えて見てください。子供たちに国と宗教と国王を愛させることができないのは、これが原因です。

 電車の中まで追ってきて抱き合ってキスする学生服の若い子を、なくすべきです。私も見たことがあります。話す人も増えています。これは教育が完璧でないからで、恥です。いなくなる女子学生が、毎月一人いる学校もあります。平均で月一人です。いなくなって家へ帰るのではありません。恋人と、男子生徒といなくなります。考えて見てください。

 美人でもなく勉強もできない欠点のある女子生徒が男子生徒と共謀して、美人で勉強ができる女子学生を攻撃して破滅させます。女子学生にはこういうのもいます。男子生徒は飲食をしてお金を払いません。店の主人が理事長に手紙を書いて、物は惜しくないが、人を惜しむと言いました。

 学生はどんどん偉い人を敬わなくなっています。私はこれを聞いてびっくりしました。私が子供だった時代と、余りにも違うからです。

 農学科のある学校の、特別授業で名誉の話で、外部の偉い人がその学校へ視察に行くと、菜園の畝が曲がっていて、野菜も曲がっているので、それを作っている学生に、なぜ曲がっているのかと質問すると、「曲がってても勝手じゃん。これを綺麗ってことにしょうぜ」と答えました。このように傲慢な口の利き方はどうか、考えて見てください。

 私が子供の頃は、こういう口の利き方はできませんでした。母に向かって言えば、歯が折れるほど叩かれることもありました。つまりその子の傲慢さはそれくらいだということです。そしてその子の心、精神面では、美も知らず、真っすぐも、曲がっていることも知りません。こういうのに何ができるでしょうか。考えて見てください。

 道徳が戻れば、教育は順調になります。道徳が戻れば、政治面でも不正をする経済家はいなくなり、不正をする政治家も、不正をする施政者も、不正をする役人も、不正をする国民もいなくなります。政府と国民は話し合いができ、反対派、あるいは敵同士のようにすれ違ったり、反論したりしません。心にタンマがあれば、国民は国と宗教と国王を愛すことを知り、民主主義は腐敗しません。

 心に道徳があるだけで民主主義にすることができると、いつでも主張させていただきます。それ以上にはなれません。道徳がなければ、民主主義も腐敗します。国会議員の選挙の段階から腐敗し、そして政治家集団、あるいは選ばれた議員が腐敗し、何をしても十分には成り得ません。十分な民主主義でも腐敗しているので、尽きることなく問題を作り出します。これが、道徳が戻ることの利益です。絶対に道徳が戻らなければなりません。道徳が戻らなければ、世界は破滅します。

 次にアゴと喉に注意する話をします。一貫性を求める、ふさわしさを求める、頭とシッポがあることを求めるとお話したように、道徳が求めるものと同じ、あるいは一致した行動をすることで、道徳が戻ります。今回はアゴと喉を管理する話で、アゴと喉に、深く注意します。

 この言葉の意味は、噛みついて口に入れるべきでないものに噛みつかないよう、アゴに気をつけるという意味です。「喉に気をつける」は、飲みこむべきなないものを飲みこまないように気をつけることです。これは大切なことです。アゴに気をつけ、喉に気をつけます。

 もう一度見ると、アゴに気をつけ、喉に気をつけることは、同じ人に同時にあることもあり、分かれていることもあります。家の前で、家の裏で、オフィスで、あるいは住んでいる家の裏からと言われているように、家の前ではアゴに気をつけていても、家の裏では喉に気をつけないこともあり、あるいは反対のこともあります。これにも良く注意してください。時には別々の人に分かれているので、管理が難しいです。

 アゴという言葉を考えてください。アゴに気をつけるとは、口に気をつけることです。このアゴは美味しさのためで、美味しければバカになり、そして狂ったように食べます。特に色情狂です。アゴと喉に気をつけるという言葉を、一般的な意味にしてください。口から食べるだけでなく、目、耳、鼻、舌、体、心で食べることもあります。

 喉とは、満腹するために、溺れるために、バカになるために飲みこむという意味です。食べることにも愛欲にも、名誉にも満足することを知らないバカ者は、足ることを知らないので、どうなるでしょうか。

 私たちが人間なのは、人道、つまり人間のためのタンマがあるからです。ここではアゴに気をつけ、喉に気をつけるという意味です。でなければニシキヘビになり、人間ではありません。

 次に実践方法を見ると、現在は、誘惑して実践を挫折させるものがたくさんあります。物質が進歩した時代には、誘惑するものがたくさんあるので、我慢できなくなって、煩悩の威力で何度も良い暮らしをするので、タンマでの善い生活はありません。

 砂糖が市場からなくなれば、糖尿病の人は何も注意しなくても良い、というように簡単ではありません。今は砂糖がいっぱいです。いっぱい過ぎて、注意するのが困難です。世界は煩悩の餌で繁栄しています。

 だから関心を持って、真剣に人間にとって危険なものを追放すべく戦ってください。農民や労働者は悪を止めてください。道徳があれば、汗を流す時に汗で幸福になれます。騙す幸福、焼き炙る幸福である悪事を求める必要はありません。

 すべての天人、人間、悪魔のみなさん、過剰に食べ、過剰に暮らす見本を止めてください。これらの天人、人間、悪魔は極楽に住んでいて、そして人間を騙しに、危険に遇わせに来ると本にはあります。しかし私は、ここにいると言います。

つまり非常に金持ちの人で、快適すぎ、汗を知らず、そして食べて見せ、暮らして見せ、溺れて見せます。これが貧乏人の心を惹きつけて、望ませる手本です。だからロクでもない手段でそうしたがるロクデナシが生まれます。つまり天人や人間や悪魔のような暮らしをするために、強盗、窃盗をします。

 これらの極楽の生き物が手本を止め、これらの状態を見せるのを止め、若者やロクデナシを扇らなければ、道徳は良くなります。一食千バーツ、一食十万バーツの食事は、他でこっそり食べ、貧乏人に見えないようにしてください。そうする天人や人間や悪魔は、偉大な徳や善になります。つまり過剰な食を隠してしまいます。

 これは福祉、本当の社会福祉です。一銭もお金を使わなくても、精神的に人間を助けて善くすることができます。どうか天人、人間、悪魔のみなさん、この義務を行なってくださるようお願いします。

 タンマについて言えば、パーリ経典に「食が原因の罪を作ってはいけない」とあります。

 これはすべての人に言っています。食べることが原因の罪を作らないでください。罪を生じさせてはいけません。しかし顎と喉に注意すれば、食べることが原因の罪は生じません。

 しかしブッダは比丘に対して、真っ赤に燃えている鉄の塊を呑み込んではいけないと言っています。これはすべての比丘のためで、僧にあるべきでない誤った手段で得た食べ物は、食べてはいけないという意味です。

 食べることは重大なことで、非常に重大です。南(マレーシア)から密輸して来るのは、食べ物ばかりに見えます。持ち込まれる物のほとんどが食べ物です。スアンモークに立ち寄れば、信じられないほど持ち込まれた食べ物を見ることができます。この密輸入品は、ほとんど食べ物です。だから食べることは些細な問題ではありません。

 次に、アゴを管理し喉を管理すれば、私たちは危険に勝利し、物質的発展から生じる大きな危害に勝利するという、功徳を見ると、世界は物質的に発展していますが、すべては肉体的な楽しさや味に関わる利益のためで、管理できなければ危険になり毒になり、ロクデナシが生れ、公務員集団で監督できなければ、公務員不正行為取締委員会の仕事があります。

 私たちに道徳が戻り、アゴと喉を管理できれば、この委員会は廃止できます。必要ありません。アゴと喉を管理できなければ、取締委員会をあと百作っても、監督できません。私はそう思います。

 タンマがあればアゴを管理でき、喉を管理できるので、アショーカ王の至高の理想も当たり前になります。アショーカ王は、「すべての領民は私の子。ここに生きる者は全員幸福で、死んだら極楽へ行かなければならない」と言いました。全員がアゴを管理し、喉を管理すれば、この理想があり、そしてもっと先まで、つまり現世での涅槃もあります。

 全員がアゴを管理し、喉を管理して煩悩を生じさせなければ、煩悩はなく、煩悩がない間を「小さな涅槃」「一時的な涅槃」と呼びます。この小さな涅槃、一時的な涅槃が、精神病にならないよう、心の病にならないよう、あるいは動物より劣らないようにしています。

 煩悩が生じて妨害しなければ、その時涅槃があるので、動物に恥じることは何もありません。これが功徳です。

 今私たちは、動物に恥ずかしい状態です。頭痛がし、眠れなくて、鎮痛剤や睡眠薬が必要で、世界中では何トンも飲まれています。これは動物に恥ずかしいことです。そして精神病や神経症があり、急増していると医師は言っています。今までのように、ゆっくり増えているのではありません。

 何かこの危機を防ぐ物はないかと言えば、それはアゴを管理し喉を管理するタンマ以外にはありません。

 私たちが人道のある正しい人間になるために必要なのは、煩悩の妨害がないことから生じる幸福で、苦のない人間になることだけです。そして私たちの人生は、周囲の人と、すべての人の利益になります。

 「幸福で周りのすべての人の利益になれば、それだけで人間として十分です。それだけで最高です。それ以上何もありません。幸福で、そして周辺のすべての人の利益になる」と、もう一度短くまとめます。

 どうぞみなさん、どうすればタンマが戻るか、種類別に分けて順に見てください。私たちはその方法でします。特に今日は、アゴを管理し、喉を管理する話をしました。食べるべきでない物を口に入れないで、飲み込むべきでない物を、喉に通さないでください。そうすれば煩悩を管理することができ、利己的でない人間性を持つことができ、身勝手でないので、つまり肉体的な味ばかり考えないので、他人を愛し、国と宗教と国王を愛します。

 どうぞみなさん、物質の進歩を管理できるよう、このことを熟慮してくださるようお願いします。物質的に進歩すればするほど、それだけ管理するもの、つまりタンマが必要になります。今管理するものが足りないので、進歩が暴走して世界の危険になり、述べたように、動物に恥ずかしい話になります。

 どうぞみなさん、みんなで、今後は動物に恥ずかしくないようにしてください。タンマが私たちの幸福を護り、そしてお互いに周囲の役に立つように、タンマに護られるよう、どうぞタンマを戻してください。そうすれば人間に生まれ、仏教に出合ったことが無駄ではありません。善い人間にとって善いものを得ることで、それ以上善いものはありません。いつでもこのように生きてください。

 今日のお話は、これで終わらせていただきます。


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