現代人の火急の義務であるタンマ

 

                                    1979年6月22日

 タンマにご関心がある善男善女のみなさん。今日の法話は、「現代人の火急の義務であるタンマ」と題してお話いたします。この題は、訳が分からない方がいるかもしれませんが、どうか我慢して聞いてください。

 義務としてのタンマは、今までお話したように、タンマには四つの意味があると理解してください。タンマという言葉は、自然も意味し、自然の法則も意味し、生き物が、自然の法則に従って正しく実践しなければならない義務も意味し、そしてその義務の実践から得られる結果も意味します。

 今日お話するタンマは、実践しなければならない、そして現代の火急の、そして世界全体の義務という意味のタンマです。

 義務とは、みんなで今世界中に蔓延している危機を解決しなければならないことです。私たちがこの義務を行なわなければ、世界は破滅するに違いありません。あるいは、少なくとも、何の利益もない世界、つまり穏やかな幸福がありません。世界中が同じなら、タイばだけでなく、世界中の人間の義務です。

 現在最も急がれる問題を三つ挙げせていただくと、一つ目の義務は、教育制度を正しく完全に改善すること。二つ目の義務は、コミュニストの問題を解決してなくすこと。三つ目の義務は、心に、本当の三つのものを持つことです。

 もう一度言います。三つの義務とは、教育制度を改善すること、コミュニストの問題を解決すること、心に三つのものを持つことです。

 王制のない国では、それらの国民に、どうして三つのものを持たせることができるのかと、疑問に思う人がいるかもしれません。これは、どうぞみなさん、持てるか持てないか、取りあえず聞いてください。三つの義務について順にお話します。

 全世界に共通の初めの義務は、シッポを切られた犬の教育から脱却させる、教育制度の改善です。

 この項目は、現在私たちは二種類の教育、つまり勉強と職業技術だけしか教えていません。この二種類は、正しい方法なので非常に早く、必要以上と言えるくらい、最高の結果があります。

 みなさん比較して見てください。現代人は非常にテクノロジーに優れています。非常に能力が卓絶した人は、神話で聞いたことがあるビシュヌカルマ神と同じか、それ以上に、何でも不思議な物が作れます。人間は今、卓絶した能力と呼べる働きを見せ、何をさせてもできます。地下でも海底でも、空の上でも、地球の大気圏外でもできます。これはビシュヌカルマ神以上のようです。

 人間は勇猛すぎ、能力がありすぎ、早すぎ、突っ走るように、風よりも早く、世界で何かをし、音速より早い飛行体を作ることができます。彼らがどれほど優秀か、考えて見てください。

 彼らはこのように優秀で、そして突っ走っているので、私たちが「どこへ行くのですか」と訊けば、彼らは「私は知りません。コンピューターに聞いてください」と答え、私たちが、「何が人間が得るべき最高のものですか」と尋ねれば、彼らは、「私は知りません。何が人間にとって最高のものか、コンピューターに聞いてください」と答えます。

「知らなければ、正しく歩けないだろう」と言えば、彼らは、「私は知りません。コンピューターに訊いてください」と答えます。

 これが、コンピューターに訊かなければならない問題です。これはシッポを切られた犬の教育制度と同じです。今の制度は、正しく完全な人間に導きません。どう教えれば最終的に、何も正しく掴むことができないのか、考えて見てください。何を求めているのか分からないヒッピーのようにモタモタと掴むだけで、大学を出てヒッピーにならなければなりません。どう教えたらこの世界に、徳も罪もなく、親もなく、宗教も神様もなくなるのでしょう。

 どう教えたら、この世界で、誰もが愛し合わなくなるのでしょう。他人への愛目薬にしようにもありません。ほとんど見られません。他人を出し抜いて互いに破滅させるだけです。教育の結果、この世界に害のない紳士も善人もいなくなり、信頼できない危険な人ばかりです。

 私たちには、教育を完全にする義務、タンマあるいは宗教に関わりがある、人間を人間にする教育に改善し、この世界に正しい人間性があるようにする義務があります。二度と間違った改革をしてはいけません。

 「犬のシッポを繋ぐ」という言葉を使わせていただきます。猿のシッポ、つまり自分が有利になるために他人より有利に、自分の政府より有利に、全世界より有利になるために、政治的、経済的に他人を騙すことに使う心理学の類のものを、繋がないでください。これからこの種の教育をするなら、犬に猿のシッポを繋ぐのと同じで、もっとひどい話になります。

 どうぞ、しっかり後押しをする虎の尾のような状態で宗教が戻ってくるよう、タンマが戻ってくるよう、行動する努力をしてください。そうできれば、この世界は弥勒菩薩の世界になり、あるのは愛と慈しみばかりで、互いに愛の目で見、水と乳のように溶け合い、互いに誠実で、どんな危険もありません。

 これが一つ目の義務です。つまり教育を、シッポを切られた犬の状態から脱却させ、ヨロヨロでなく、まっすぐ歩かせるシッポのある、十全な犬に改善します。

 

 次に二つ目の義務についてお話します。二つ目の義務はコミュニストの問題を解決することです。

 現代は、世界中いろんな問題をたくさん抱えています。しかし問題というのは、コミュニストに関連があると結論できるかもしれません。資本家がいなければコミュニストは必要なく、コミュニストがいなければ、資本家は問題はなく、これらの問題は複雑に絡み合って、どちらにも生じます。

問題は正しくない教育、つまり宗教がなく、愛し合わない教育から生じます。貧しい人が生まれて金持ちに抵抗するのは、金持ちに宗教がないからです。この話を読んだことがある人たちは良く知っているように、宗教がない時代のその土地の金持ちという意味で、金持ちに、貧しい人の害になるほど宗教がないその場所その時代の世界に、金持ちに抵抗する主義が生まれるという意味です。

コミュニストに関する問題の解決は、教育を、シッポを切られた犬の系統でなく、正しい教育にすることで解決しなければなりません。宗教が戻り、タンマが戻れば、人間は他人を愛し、宗教に欠ければ、つまり本当の宗教がなく、肉腫の宗教ばかりなら、正反対になります。

その土地その時代はタンマがなく、出し抜くこと、互いに悪意を抱くことだけで、吸い取り紙の資本家を生む原因になり、これらが生まれれば、劣位にされ虐げられた人々が抵抗する反応、つまりコミュニズムが生まれます。

この世界は戦争、熱い戦争と冷たい戦争、地上の戦争と地下の戦争で混乱します。だからこの問題を排除できれば、現代の最高の善と見なすことができます。コミュミストの問題を解決することは、世界からコミュニストを絶滅させるのと同じで、コミュニストに関わる問題をすべて解決します。しかしそういう行動は、吸い取り紙の資本家を世界から絶滅させなければならず、そうすればコミュニストも絶滅するというくらい関連があります。

コミュニストの問題に対処するには、本当の原因、つまりタンマや宗教がないことが吸い取り紙の資本家を生んでいる点を、解決しなければなりません。私たちは宗教を取り戻し、タンマを取り戻さなければなりません。すべての仏教教団員は、コミュニストより上にいるコミュニストでなければなりません。つまり他人への愛で解決し、武器で解決しません。私たちは泥水で泥を落とすような解決はしないで、清潔な水で泥を洗い落とします。

仏教、あるいは世界のどの宗教も、教えの核心は他人への愛で、他人への愛があれば、問題は消滅します。すべての宗教は、コミュニストを追放できる毒薬だということを、良く考えて見てください。しかしなぜ宗教は、反対に市民の麻薬になってしまったのでしょうか。

本当の宗教は、人々を愛し合わせるので、コミュニストも吸い取り紙の資本家も、同時に世界からいなくなります。私たち仏教教団員は、この問題を解決しなければなりません。タンマあるいは宗教は壊れやすいもの、「コミュニストが宗教を消滅させる」と言われるように、一発で壊滅してしまうと理解しないでください。

私は、宗教はコミュニストを退治する毒薬、つまり人々を愛し合うようにさせると見ます。人が他人を愛せば、吸い取り紙の資本家も世界から消滅します。そうすれば、コミュニストが戦う相手である資本がいないので、コミュニストは存在できません。

他人への愛は、コミュニストより上にいるコミュニストです。「世界に平和を築く」ことは、すべての宗教と、すべてのコミュニストの共通の理念と認めなければなりません。私は、コミュニストは、吸い取り紙の資本家を世界の平和の敵と見ることで、世界に平和を築くことを目指していると、認めます。だから彼らは、平和を求めて、吸い取り紙の資本家を世界から追放することを目指しています。つまり彼らは平和を望んでいます。

一方の宗教はどの宗教も、特に仏教教団は、世界に平和を築くことを目指しています。目的に違いはありませんが、手段に大きな違いがあります。私たちは誰かを殺したり、危害を加えたりしたくありません。使いたい武器は一つ、他人への愛だけです。だから宗教を引き戻して、タンマを引き戻して、世界に他人への愛を生じさせてください。そうすればこの世界は平和になります。

これが世界を平和にする方法です。これくらい手段が違います。私たちは、すべての宗教の核心である他人への愛を、コミュニストより上のコミュニストと見なします。コミュニストより上のコミュニストで、コミュニストの問題を解決しなければなりません。

最後に自由民主主義の吸い取り紙の資本家は死滅し、共産主義の復讐を企てる労働者も死滅し、世界に残るのは、同じ種類、つまり他人を愛す人間だけです。この世界に残るのは、他人を愛す人間だけで、世界にコミュニストに関わる問題はなくなります。

これが、私が「教育を改善すればコミュニストの問題はなくなる」という、三つ目の義務です。

シッポを切られた犬の教育は、三つのものを正しく知らない人を作ります。三つのものとは何か、ここでちょっと意味を定義させていただきます。三つのものとは、国、宗教、国王です。

国は、他の物の基礎として必ずなければならない体のようなもので、

宗教は、宗教、つまりタンマのような正しい知識である心の体系で、

国王は心と体を繋いで連携させ、最高に重要な義務を行なうことができる神経で、神経がなければ体と心だけで、何もできず、最後には自然に死んでしまいます。

私たちには、自然の法則と一致する深い意味での三つのもの、体と、心と、体と心を繋ぐ神経の、三つが揃っていなければなりません。どれ一つ欠けてもいけません。

みなさん考えて見てください。三つのものがない国が、どこにあるでしょうか。現在国王のいない国、国王を認めない国でも、必ず何らかの国王の意味のある物があります。つまり必ず国があり、宗教から形を変えた国のための教えがあり、そして人間あるいは人間集団、あるいは何らかの機関でも、国と国のためのタンマを繋ぐものがあります。それが体と、心と、国のタンマと国の結びつきを強める神経系統がある国です。

 だからどこの国にも、三つのものがなければなりません。国王と呼ばず、他の名前で呼んでも、かならず国、つまり統治できる国があり、そして国のタンマがあります。ここでは宗教と呼びます。そして必ず、国と宗教が連携し合うようにする制度があれば、タンマのある国になります。

 タンマのない国はシッポを切られた国で、シッポのない象のように、大きくなればなるほど醜くなります。シッポのない象のような大国が存在しないようにしてください。

 つまり、人々には国、タンマ、そして国とタンマを繋ぎ合わせる国王がなければなりません。国王は人間でもいいし、人間の集団でもいいし、国とタンマを関連させる本当の義務を行なっている何らかの機関でも構いません。そうでなければ人間、あるいは人類と呼ぶべきではありません。人類でなければ、破産します。

 今の教育にはシッポがなく、人に三つのもの、つまり国と宗教と国王を本当に教えないので、国と宗教と国王の意味を知らない左傾の若者が生まれます。

 私は左傾の若者と話をしたことがあります。彼らは、「宗教は麻薬、王制は必要がない無駄。残るのは、吸い取り紙の資本家がいない、経済的に完璧な国だけにしよう」というようなことを言います。彼らはそれだけを求めています。それらの若者は、今のシッポを切られた犬の教育である学校や大学以外の、どこで学んだでしょうか。

 教育は、若者の心に三つのものを持たせるには不十分です。彼らの心には三つのものがなく、一般の人も、心に三つのものがなく、口だけです。口だけというのは、口で言っても心の中にはありません。「私は国と、宗教と、国王に忠誠にします」と言っても、あるのは「忠誠にします」だけです。こういう言葉は使い物になりません。パーリ語のサンガ規律では、無効であり、使い物になりません。言わないのと同じ価値しかありません。

 私たちははっきりと、「現在も、これからも、私は国と宗教と国王に忠実です」とこう言わなければなりません。こう言えば、パーリ語で使い物になります。ただ「私は忠実にします」だけでは、無効です。だから三つのものがあっても口だけで、そして未来だけで、まだしていません。それにしなくてもいいことで、心から言っているのではないので、何も意味のない言葉だと、しっかり興味を持ってください。

 三つのものは、心に強く刻み込まれ、染み込んでいると感じる美徳でなければなりません。そうすれば心の中に本当にあると言えます。教育を完璧にして、犬のシッポを繋ぐ、あるいは育てる義務をしてください。そうすれば世界の人が、本当に国と宗教と国王を持つことができます。

 そうすることを最高の善と見なします。それが世界を平安に暮らせるようにし、今世界にあるいろんな問題をすべて消滅させます。経済の問題も、政治の問題も、すべての戦争の問題も、シッポを切られた犬の教育が原因で、こういう教育制度は改善されなければなりません。そうすればコミュニズムに関するすべての問題は解決し、そしてすべての人の心を、三つのもので完璧にします。

 だから私は、人間を平和に暮らせるようにすることに関して、最高の徳と見なします。そうでなければ、私たちが知っている「シッポが生える」という方向の変化になります。生物学の歴史では、昔の生き物にはシッポがありましたが、シッポが退化してヒトになりました。今人は、シッポを切られた犬と反対に、シッポが生えようとしています。気をつけてください。世界中、ヒトにシッポが生えないように気をつけてください。恥ずべき退化です。

 これを、世界の誰もが急いで解決する必要がある、と言います。つまり教育を改善し、コミュニストの問題を解決し、世界中のすべての人の心に三つのものがあるようにしてください。

 時間になりましたので、今日のお話はこれで終わらせていただきます。


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