第七章

機縁

 

 大師が黄梅で得法してから、韶州曹侯村に戻って来ると、誰一人知人はなく、大師を手厚く迎えたのは、劉志略という儒学の学徒だった。劉志略の叔母である無尽蔵という名の尼僧は、常に大涅槃経を誦えていた。経を誦える声を聞いて、大師はその経の奥深い意味を知ることができ、そして大師が説明を始めると、その尼僧は経典を持ち出し、ある部分の意味を質問した。

 大師は、「私は字が読めません。しかし意味を知りたいなら、質問しなさい」と答えた。尼僧は、「経の文字も知らないのに、意味を知ることができるでしょうか」と、質問した。大師は「仏陀の深遠な教えは、文字とは関係ありません」と答えた。尼僧は非常に驚き、この人はただの僧ではないと感じ、村の徳の高い人たちに、「この人は徳の高い方です。ここに留まっていただき、供養させていただきましょう」と言った。

 その後、魏武の玄孫である曹叔良が大勢の村人を伴って、大師に拝謁にやってきた。宝林寺は歴史に残る古刹だが、隋時代の末期に戦火で焼かれて以来、荒れたまま放置されていた元の場所に寺を再建し、大師に住んでいただくようお願いした。

 そこに住んで九カ月余りたった時、大師に危害を加えようと企む悪党が追って来たので、大師が近くの山へ逃げると、追手は山へ火を放った。しかし大師は岩の隙間に隠れて難を逃れることができ、後にその岩を『非難石』と呼ぶようになった。未だに大師が蹲った痕跡と、大師の纏っていた布の紋が残っている。

 大師は、『疑いがあったら止まり、理解したら隠れなさい』という五祖の忠告を思い出し、二つの村にたびたび隠れた。

 韶州曲江の人である僧法海は、初めて大師と会話した時、『即心即佛』の意味を尋ねた。大師は「前念(一刹那を二分した前半。一瞬の思い)を止めることが『心』、後念(一刹那を二分した後半)が滅さないことが『仏陀』、あらゆる執着があることが『心』、あらゆる執着から解放されることが『仏陀』です。しかしすべての意味を説明するには、私が一刧の間ずっと説明し続けても尽きません。私の偈をお聞きなさい。

 智慧は心であるもの

 定は仏陀であるもの

    慧と定が等しくあれば

    すべての考えは清浄になる

    この教えを理解し

  あなたの習性が用も本も生じさせないように

    両方を修めれば正しい

 それを聞いて法海比丘はその法を悟り、次の偈を詠んだ。

  心は本来仏陀

  私はそれが分からないから

  自ら卑屈になっていた

  今慧と定が仏陀の原因と知ったので、

    すべてのものから離れるために、この二つを修めます

僧法達は洪州の人で、七歳の時に出家し、常に法華経を誦えていた。大師に拝謁した時、一時しのぎの拝礼をし、頭を地に付けなかった。大師はそれを咎めて、「頭を地に付けないのは、非常に無礼です。あなたの心中には、このように傲慢にさせる何があります。日常あなたは何をしているのですか」と言った。

 法達は「法華経を誦えています。すでに三千回になります」と答えた。

 大師は、「この経の内容を掴んでいれば、そのような傲慢はなく、私と同じ道を歩いているはずです。あなたは、自分のしていることに負けています。その上、それが過ちだと気付いていません。私の偈をお聞きなさい。

 いろんな規律の目的は傲慢を挫くためなのに 

 なぜあなたは頭を地に付けないのか

    『我』があるのでたちまち罪が生じた

    『功も福も忘れること』は比類のない善

 言い終わると大師は名前を尋ね、「法達」と聞いて、「名前は法達でも、まだ法に達していない」と言い、それから偈にして言った。

    あなたの名は法達

    あなたは弛まずに努力して経を誦える

    口で誦えることは、ただ声が響くだけ

    悟った明るい心が菩薩の印

  

    過去世からの縁があるので

    その意味を説いて聞かせよう

  ただ「仏陀」を信じ無言でいれば

    唇に蓮の華が咲く

 

 偈を聞いた法達は悔いて大師に詫び、「これからはいつも謙って恭順にします。私は法華経を誦えていますが、意味がまだ理解できないので、常に疑問があります。広大な智慧の和尚様、どうか意味を簡単に教えてください」と言った。

 大師は、「法達よ。法はすぐに到達できるのに、あなたの心は到達しない。経は本来疑う内容は無いが、あなたの心は自から疑っている。この経を誦えて、経の要旨を知っていますか」と言った。法海は「根性が暗鈍な私は、ただ文を誦えるだけなので、要旨まで知ることはできません」と答えた。大師は続けて、「私は読めないので、試しに経を誦えてみなさい。そうすれば意味を説明して聞かせよう」と言った。法達が経を誦えて『譬喩品』の所まで来ると、大師は「待て」と言って止め、そして言った。

「この経の意味は、仏陀がこの世に現れた因縁を説明しています。いろんな話はあっても、他の説明はありません。因縁とは何ですか。経は、『仏陀は、唯一の目的(一大事)のためにこの世に現れた』と言っています。一大事とは、仏陀の智見(正しい知識による認識、見解)です。

 普通の人は外部のものに迷って執着し、内部は「空虚」になっています。相を離れた相、空を離れた空にできれば、内外に迷いはありません。この法を知れば、その瞬間に心が晴れ、仏陀の智見が開かれます。

「仏陀」とは目覚めたという意味で、「開覚知見」「示覚知見」「悟覚知見」「入覚知見」の四つに分けられます。「開示」を聞いて悟りに入ることが覚知見で、本来の本性が現れます。他の方法による開示悟入(悟らせ仏道に入れること)を見て、これが仏陀の知見だと、間違った解釈をしないでください。このように理解すると、すぐに経を謗り仏陀を貶します。その人は既に仏陀であり智見があるのに、なぜ更に開く必要があるでしょうか。

 今、仏陀の知見とは自分の心であり、他に仏陀はないと信じてください。すべての衆生は、光明が蓋で遮られた結果、外の縁に内部を乱され、六境を貪って愛し、喜んで駆け回わり、簡単に他人を頼り、世尊を真似て三昧を始め、様々な苦を口にするのは、止めるよう勧めます。仏陀は一つしかないので、外に求めてはいけません。だから仏陀の智見を開くと言います。

 私はすべての人に、自分の心の中に「仏知見」を開くようお勧めします。普通の人は心が邪なので、愚かに迷って罪を作り、口では善いことを言っても、心は邪悪で、貪・瞋・嫉妬・婉曲・欺瞞・我・慢心があり、他を侵害するので、自分で「衆生知見」を開きます。正しい心が常に生じれば、智慧で照らされ、悪を止め、善行をします。これが自分で仏陀の知見を開くことです。

 常に仏知見を開き、衆生知見を開いてはいけません。仏知見を開けば、世間を脱し、衆生知見を開けば世間です。あなたが熟達ばかりを考え、そして成功者になるのは、ヤクが自分の尾を愛すのとどこが違うでしょうか」と言った。

 法達は、「それならば、意味を理解するだけで、経を唱えない方が良いのですか」と質問した。

大師は「「経には、あなたが誦えるのを止めなければならないほどの誤りはありません。経を誦えることで悟るか迷うかは、あなた次第、損益は自分次第です。口で唱え心で実践する人を『経を転がす』と言い、経を誦えるだけで心で実践をしない人は、『経に転がされ』ます。私の偈をお聞きなさい。

心が迷えば、法華経に転がされ

   悟って明るければ、法華経を転がす

  意味も知らず長年経を唱えることは、

   その経の意味にとって、仇の家のよう

 

   無念の念は正しく、有念の念は邪になる

   有無どちらもなければ

   永遠に白牛の車を御す」

 偈を聞いた法達は不覚にも涙を流し、そのとたんに悟り、「私は未だかつて、経を転がしたことがなく、経に転がされていました」と言った。

 そして法達は、「経には、『いろんな大弟子から菩薩まで、みんなで力の限り努力しても、仏智を理解することはできない』とあります。しかし和尚様は、凡人でも自分の心を悟れば、仏知見と言われると、教えてくださいました。私は能力が優れていなので、まだ疑いや謗りから免れることができません。経は、羊の車、鹿の車、牛の車の、三種類の乗り物について述べています。この三つの乗り物は、白牛の車とどう違うのでしょうか。

 大師は、「経の意味ははっきりしています。誤解しているのはあなたです。三つの乗り物の人の仏智を知ることができない問題は度量にあります。彼ら全員が全力で推測すれば、却ってかけ離れます。仏陀は本来、凡夫のために説き、仏陀のために説いていません。この理を信じないで、他の人と一緒に退席する人は、白牛の車に坐ることを知らないで、外へ行って三種類の車を探します。まして経は、あなたが仏乗(白牛車)だけに向かうように、他の乗り物はないと明言しています。

いろんな因縁や比喩は、みな仏乗のためだと、なぜ分からないのですか。三種の車は昔のためなので「仮」で、一乗は今のためなので「実」です。あなたは仮を捨て、真を取るべきです。真に帰した後は、真という名もありません。珍宝を所有していると知りなさい。あなたが受け入れることで、すべてあなたのものになります。父を思うことも子を思うこともなく、想を使うことはありません。これを、法華経を持すと言います。刧から刧まで経巻を手にしなくても、昼から夜まで、念じない時はありません」。

 法達は、小躍りして喜び、頌で大師を讃えた。

経を三千回以上誦えることで沢山の善を得たという勘違いは

   曹渓の大師の、一言で一掃された

   仏陀がこの世に生まれた意味を理解できない人は

   何世もの間自分が集めた煩悩を脅すこともできない

   羊・鹿・牛の三種類の乗り物で、初めも中間も終わりも善く著されている

   火宅の中に最高の法があると、誰が知っているだろう」

 大師は法達に、「これからは『念経僧』と名乗りなさい」と言った。法達はこれによって深い意味を受け取ったが、経を念じることも止めなかった。

 

 僧智通は寿州の安豊村の人で、楞伽經を千回近く読んでいたが、「三身四智」の意味が理解できなかったので、大師を訪ねて説明を求めた。

 大師は「『三身』の清浄法身とはあなたの本性で、円満報身とはあなたの智で、千百億化身とはあなたのいろんな行為で、本性を離れれば別の三身で、『有身無智』と言い、あなたが三身に自性は無いと見れば、『四智菩提』に到達します。私の頌をお聞きなさい。

自性には三身が具わっている

     それを悟れば四智になる

     外部の縁を避けるために、目を閉じ耳を塞がずとも

 超然と仏地に至る

 

 今あなたのために言う

   永遠に迷いから解脱すると確信なさい

   『悟り』を求めて駆け回る人に学んではいけない

   一日中菩提智を説きなさい

 

 

智通は、「四智について説明をして教えていただけませんか」とお願いすると、大師は「三身を理解すれば、自然に四智も理解できるので、質問する必要はありません。四智と三身を切り離してしまえば、身体のない智慧(有智無身)と言い、智はありますが、無智に戻っています」。

大師は頌で言った。

鏡のような智慧の自然は清浄

等しさを見る智慧のある心は病が無く

すばらしい観察智は、功でないことを見

すべての行動を起こさせる智慧は、鏡のよう

 

『五八六七果因転』という言葉は、

変化することを呼ぶ名前だけ

変化することに情を留めなければ、

永遠に那伽(ナーガ)定にいる

このように識が智に変わります。経には、『前五識を転じて成所作智とし、第六識を転じて妙観察智とし、第七識を転じて平等性智にし、第八識を転じて大円鏡智とする』とあります。六七因が中転、五八果が上転と言っても、名前が変わるだけで、実体は変わりません」。

智通はこの説明を聞いて、突然自性を知り、そして大師に頌で答えた。

三身は、私の体

四智は明るい本心

身体と智慧が明らかな知識を生じさせれば

衆生の願いに応えて、どんな形にもなる

三身と四智で修行を始めれば

完全に間違った道になる

  掴むこと、あるいは守ることは、

  反対に自然を妨害する

和尚様のお陰で、

要旨を掴むことができた

 

 信州貴渓村の人である僧智常は、幼い時に出家し、自性を見たいと望んで、ある日大師に拝謁しに来た。大師は、「どこから、何のために来たのだ」と質問した。

 智常が、「先日、洪州の白峰山へ行き、見性成仏について大通和尚から話を聞きましたが、私には未解決の深い疑問があるので、和尚様に質問するために遠路やって来ました。どうぞ私のこれらの疑問を説明してください」と言うと、大師は、「彼はあなたに何を勧めましたか」と質問した。

 「そこへ行って三ヶ月間は何も教えていただきませんでした。そして法への渇きが強くなって、ある晩、私は一人で大通和尚の部屋を訪ね、本心本性とは何かを質問しました。和尚は『あなたは虚空が見えるか』と訊きました。私は『見えます』と答えると、和尚は続けて『あなたが見た虚空には形があるか』と訊きました。私が『虚空には形はありません。どうして形があるでしょう』と答えると、

和尚は『あなたの本性は虚空と同じで、見えるものは何もないと明らかに見ること。それが正見であり、知ることができるものは何もないと明らかに知ること、それが「真知」である。それは緑ではなく、黄色でもなく、短くもなく、長くもなく、ただ本源が清浄で、目覚めた体は円やかで明るいのが見える。それが見性成仏、またの名を如来知見と言う』と言いました。しかし私は大通和尚の教えを聞いても、まだ理解できません。すみませんが良く分かるように教えてください」と言った。

 大師は、「その人の説明には見知があるのに、あなたはまだ良く理解できない。私の頌をお聞きなさい」。

   無が明らかに見えるのに、見えないと思っているのは

   雲が太陽を遮っているよう

   無が明らかに見えるのに、知ることができないと思っているのは  

   閃光に割かれた空のよう

 

   このように知ることは突然生じた

   本性を知らないあなたに教える方便はない

   自分の考えが間違っていると知れば

   あなたの光が、永遠に現れる

聞き終わった智常は、心がすっきりして明るくなり、大師に頌で答えた。

  知見を生じさせる手掛かりがないから

  菩提を求める相を著わした

  悟りたい一念で

  どうして過去の迷いを越えることができよう

 

  自性は体より生じ

  曲りくねって変化すると

    大師に教えを仰ぐことが無ければ、

    どの方向へ行けば良いか分らなかったでしょう

 

 ある日智常が大師に、「仏陀は『三乗』と『最上乗』について説いていますが、私にはこの内容が理解できません。和尚様、説明してください」と言った。

大師は「これらを理解するには、自分自身の心を覗いて見て、外部のすべてのものから自由にならなければなりません。法には四種類の乗り物の違いはなく、実践する人の心に違いがあります。見ること、聞くこと、経を誦えることは、小さな乗り物(小乗)で、法を知ること、そして意味を理解することは中くらいの乗り物(中乗)で、知った法を、習性になるまで実践すること。これが大きな乗り物(大乗)です。すべての法に精通し、すべての法を身に着け、そして何も自分と捉えなければ、それが最高の乗り物(最上乗)と言います。

「乗」という言葉は「義を行なう」という意味なので、反論せずに自分で実践しなければなりません。私に質問する必要はありません。いつでも自性は自然のままです」。

智常比丘は大師に感謝を述べ、その後大師が亡くなるまで、大師の執事を務めた。

 

  廣州南海の人である僧志道は、提言を求めて大師を訪ねて来て言った。「私は、出家以来、十年以上も涅槃経を読んでいますが、まだこの経の意味を掴むことができません。和尚様、説明してください」。

 大師は「分からないのはどの部分ですか」と訊くと、志道は、「私が理解できない部分は、『諸行無常 是消滅法 消滅滅己 寂滅為楽』と言うところです」と答えた。

 大師は、「何が分からないのですか」と尋ねた。

 志道は、「すべての生きものには二つの身体があり、いわゆる色身(肉体)と法身です。色身は永遠に維持することはできず、存在して、そして死にます。法身は永遠に存在して何も知らず、何も感じません。その経には、『発生と消滅が共に終われば、寂滅の満足がある(消滅滅己 寂滅為楽)』とあります。

 私は、どの体が終わり、そしてどの体がその幸福(楽)を味わうために残っているのか理解できません。なぜなら色身が死ぬ時、四元素(土・水・風・火)に分散し、これは苦で、苦を楽と言うことはできません。法身が寂滅するなら、草木や石、瓦のようなものと同じ状態になり、それなら、いったい誰が幸福を味わうのでしょう。

 また、実相は消滅の体、五蘊は消滅の用で、一体五用が消滅するのは常です。生とは自由に体を使うことで、滅とは用が体に帰ることです。更に生まれると聞けば、それは有情(生き物)の類であり、断つことも滅すこともありません。更に生まれると聞かなければ、永遠に寂滅し、無情の物(物質)と同じで、すべてのものは涅槃に禁伏させられて生ることがでないので、どんな幸福があるでしょうか」。

 大師は「あなたは釈迦の子なのに、なぜ邪見である常見断見の外道を習い、最上乗の教えを貶すのですか」と答えた。「あなたの説によると、肉体の他に法身があることになりますが、消滅から離れることを寂滅に求め、また涅槃を幸福と推測して、それを受け入れる身があると言います。それは生死に執着して惜しむ、世の幸福への著しい耽溺です。

 あなたは今、仏陀がすべてに迷う人になったと知るべきです。五蘊が一つになったものを自分の体と認め、一切の分別が外部の物への執着になり、自分が生まれることを愛し、死を嫌い、絶えず変化し、夢幻で虚で仮であると知らず、輪廻を受け入れ、常に幸福な涅槃を反対に苦として、一日中駆け回ります。だから仏陀はこれを憐れみ、涅槃の真の幸福を説いています。

 一刹那も生じる状態はなく、一刹那も滅す状態もなく、更に生滅することはありません。これが現前の寂滅です。現前の時、いわゆる常楽の量はなく、この幸福は受け取る人がなく、受け取らない人もいません。一体五用の名前などありません。まして涅槃は諸法を禁伏するので、永遠に生じないと言うのは、仏陀を謗り、法を貶すことです。私の偈をお聞きなさい。

   最高の涅槃は

   常に穏やかな悟りの明かりが静かに照らしている

   愚かな凡人は、涅槃を死と言い

   邪見の人たちは、執着を断つこととする

 

   いろんな二流の乗り物を求める人たちは、涅槃は「何もしないこと」と言い

   すべては普通の人の知性による推測にすぎない

   六十二邪見の基礎である

 

   真実を知らずに勝手につけた仮の名が

   どうして本当の意味であろうか

   普通より優れた人だけが

   涅槃とは何かを理解できる

 

   五蘊と、五蘊の集合である自分

 外部すべての物質と形、そして言葉や声を

 みな夢幻のようなものと知れば

 凡人聖人は違うという見方をせず

 誤った涅槃の解釈をしない

 

   二遍(正負、善悪などの二元対立)三際(過去・現在・未来)を断ち

 常にすべての根を使っても、想を生じさせず

 すべてのものを分別して

 分別想を生じさせない

 

 刧火が世界を焼き尽くし、大海が干上がっても  

   風が世界を消滅させ、山がぶつかり合って倒れても

   完璧に止まることの、真実で永遠の安楽がある

 これが涅槃の状態

 

   私は今強く説得する

あなたは邪見を捨てなさい。

言ったことが分からなければ

知ることができるのは、本の少しだけ

頌を聞き終わると、志道は大悟し、喜んで拝礼し退去した。

 

 行思禪師は吉州安城の生まれで、姓を劉と言った。大師が多数の人を悟らせたという噂を聞いて、大師に会いに来て、「修行者は何に努めれば、階級が落ちないですか」と質問した。

 大師が「あなたは一体何を勉強しているのですか」と質問すると、行思禅師は「聖諦も勉強しません」と答えたので、大師が「それで何の階級ですか」と聞くと、行思は「聖諦にも触れないのに、何の階級もありません」と言った。大師は行思の才を認め、弟子の長に命じた。

 ある日大師が禅師に、「あなたは上達する一方です。故郷へ戻って説法をするべきです」と言った。行思はすでに法を会得していたので、吉州青原山へ戻って法を広め、死後弘済禅師と呼ばれた。

 

懐譲禅師は、金州の杜氏の子で、初めて嵩山の安国師を訪ねた時、大師に会うために、曹渓に連れて来られた。寺に来て拝礼すると、大師から「どこから来たのですか」と訊かれたので、「嵩山から来ました」と答え、「何のために来たのですか」と訊かれ、「何か言えば、間違いになります」と答えた。「修行して到達できるものですか」と訊かれ、「修業して到達できないものではありませんが、それを汚すことはできないものです」と答えた。

それを聞いた大師は、「それは実に汚れを知らないもので、どの仏陀も大事に護っていました。あなたは既にこうであり、私もこのようです」と言った。懐譲は突然迷いが消え、理解した。その後執事として十五年勤め、玄妙な奥義に到達した後、南獄へ行って禅宗を深く理解した。死後皇帝から、大慧禅師という名を賜った。

 

永嘉の玄覚禅師は、温州の戴氏の子で、少年の時に経と多くの学問を修め、維摩経を読んで天台宗の止観に熟達し、心地について良く知っていた。たまたま大師の弟子である玄策が玄覚の師を訪ねて来て長時間会話をした時、言うことが代々の宗祖の教えと同じであることを観察し、「あなたは何と言う先生に学ばれたのですか」と質問した。

玄覚は「方等経論を聞いた時には、いろんな先生がいました。その後維摩経を読むためにここへ来て、仏心の要点を悟りました。まだ私の知識を証明してくれる師は、誰もいません」。

 玄策は「威音王以前はできましたが、威音王以後、先生なしに自分で悟るのは、当然できません」と言った。

 玄覚は「それなら、私が法に到達したことを、あなたに証明していただく訳にはいないでしょうか」と言った。玄策は「私の言葉には重さがありません。曹渓村に大師がいらっしゃるので、同じ目的、つまり法を授かるために各地から大勢の人が訪ねてきます。あなたが行きたいなら、喜んで案内します」と答えた。

玄覚は玄策と一緒に曹渓へ来て大師を訪ね、拝礼もせずに大師の周りを三回廻ると、杖を持って黙って立った。それを見た大師は、「僧は当然二千項目の戒と、八千の細かい作法を学ばなければならなりません。何があなたをそれほど尊大傲慢にさせるのですか」と言った。

玄覚は「生死は大きな問題であり、無常は迅速です(いつ死が訪れるか知れません)」と答えた。大師は再び、「なぜ急いで、体が生じないようにしないのですか」と尋ねると、玄覚は「体が生じなければ苛立ちはありません」と言うと、大師は「その通り。その通りだ」と頷いた。

すると玄覚は礼儀に適った礼拝をし、間もなく、大師に別れの言葉を告げた。大師は「あなたは帰ろうとしているが、早すぎませんか」と言うと、玄覚は、「動きが無いのに『速さ』などあるでしょうか」と返し、大師は「動きもないと知っているのは誰ですか」と訊き返すと、「賢い人は自然に分別が生じます」と言った。

大師は玄覚を褒めて「あなたは『生まれないこと』を明らかに理解することができた」と言うと、玄覚は、「『生まれないこと』に『理解』があるでしょうか」と言った。大師が「意味が無いと誰が分別するのでしょう」と問い返すと、玄覚は、「分別もまた『意味』ではありません」と答えた。

 大師は「素晴らしい」と叫んで、一晩泊まって行くよう懇願した。玄覚は、「一宿覚」と呼ばれることもある。後に有名な『證道歌』を著し、その本は非常に広まった。死後は「無相大師」と呼ばれ、「覚焉」と呼ばれることもある。

 

禅宗の学僧智隍は、本人が言うには、五祖に初めて会った時、定に到達し、小さな庵で二十年間坐りつづけ、六祖の弟子である玄策が游方河の北へ旅をした際にその人の話を聞き、庵を訪ねた。

玄策が「ここで何をしているのですか」と訊くと、智隍は「今定に入っている」と答え、玄策が「あなたが言う入定は、心がある人にしますか、心のない人にしますか。もし感覚無しに瞑想をしているなら、瓦や石や草木など、命のないものでも入定できるということです。そうではなく、感覚があって瞑想しているなら、識の流れのある一切の生き物は、定を得ていることになります」と言った。

 隍が「私が正に定にいる時は、感覚があるともないとも、何も感じません」と言うと、玄策は「あなたが言うように、あるともないとも感じないなら、どうして出入があるでしょうか。出入りがあるなら、最高の定ではありません」と言った。

 隍は一瞬黙り込んだ後、「あなたの先生は誰ですか」と質問し、玄覚が「私の先生は、曹渓の六祖です」と答えると、隍は続けて「六祖は禅定についてどのように言っていますか」と質問した。

「わが師は『禅定は妙なる静かさに満ちている。体と用のような関係である五蘊は本来空であり、六塵はない。定に入ることも出ることもなく、定まることも乱れることもない。禅の性は留まらないこと、禅定の静かさに留まらないことである。禅が生じることなく、想が生じることから離れれば、心は虚空のようであり、その虚空には量は無い』と言います」と言った。

 それを聞いた隍は、大師に質問するために、曹渓に向かった。

 大師が「どこから来たのか」と質問すると、玄策との会話の様子を具に語った。大師は「玄策が言ったことは本当です」と言った。遠くから来たことを憐れに思い、分かるまで説明すると、智隍は悟り、自分は二十年前から定に達していたという考えは、全部消えた。その晩、河北の庶民は、『智隍禅師今日得道』という不思議な声を空中に聞いた。

 その後間もなく、智隍は大師に別れを告げて河北へ帰り、そこで出家と在家の多数の人に教えを説いた。

 

 三十歳の神会は襄陽の高氏の子で、大師に会うために白玉泉からやって来た。大師は「遠方からの旅は、さぞ大変だったでしょう。あなたは顧みて「本」を得ていますか。もし本があれば、知識の主にふさわしいです。試しにいってごらんなさい」と言った。

 「囚われないことが本。見ることが主」と神会は答えた。

 大師は「この沙弥は口先だけで、何の価値もない」と非難すると、神会が大師に、「和尚様には坐禅が見えますか」と質問した。大師は棒で神会を三度叩いて、「私に叩かれて痛いと感じたか」と訊くと、神会が「痛くもあり痛くもなし」と言ったので、大師は「私には見え、そして見えない」と答えた。

神会が「見えて見えないということがあり得るでしょうか」と質問すると、大師は、「私に見えるのは、自分の誤り。私に見えないのは、他人の是非好悪。これが、見えて見えないことだ。お前の痛くて痛くないと言うのはどういう意味か、言ってみなさい。痛くないなら、お前は石か丸太のように感覚がない。もし痛いと感じるなら凡夫で、すぐに怒りや憎しみが生じる。さっきの「見える」「見えない」は正反対の対で、「痛い」と「痛くない」は、生と滅だ。お前は自性も見えないで、大胆にも他人を弄んでいる」と言うと、神会は反省して大師に詫びた。

 大師は「お前は心が迷っていて見えない。善い知識のある人に聞いて、方法を探しなさい。心が悟れば、自然に自性が見え、教えで修行するようになる。お前は迷いで自性が見えないから、私に『自性が見えますか』と質問できる。私に自性が見えても、お前を迷いから救うことはできず、お前が見えても、私の迷いを救うことはできない。なぜ自分で知り自分で見ないで、私に見ええるか見えないかと訊くのか」と言った。

 神会は過ちを詫び、大師に百回拝礼をして許しを求め、その後身近で給侍の勤めをした。

 

 ある日の集会で大師は、「私はある物を持っています。それには頭がなく、名前もなく、愛称もなく、前も後ろもありません。分かる人はいますか」と質問した。神会が前に出て、「それは諸仏と神会の仏性の本源です」と答えた。

 大師は、「私は『名前も、愛称もない』と言ったはずです。あなたは『諸仏と仏性の本源』と言っています。あなたが法堂で勉強しても、他人の知識を取り入れるだけの学生です」と言った。

 大師の死後、神会は京洛へ移り、曹渓の頓悟の教えを広めた。荷沢禅師と呼ばれ、禅の教えに関する本を著し、その本は非常に広まった。

 

 ある時一人の僧が大師に「どういう人が黄梅(つまり五祖)の教えの要旨を得ることができますか」と質問すると、大師は「仏法を理解できる人が、得ることができます」と答え、その僧が続けて、「で和尚は得ましたか」と質問すると、大師は「私は、仏法を理解したと感じません」と答えた。

 

 ある日大師が、伝授された衣を洗濯したいと思ったが、良い泉がないので、寺の裏の五里(一里は五百四十メートル)ばかり離れたところまで歩いて行き、そこで大師は、鬱蒼とした山林に良い気が巡っているのを見て、持っていた盾を降り下ろして突き刺すと、そこから水が噴き出し、間もなく池になった。

 大師が洗濯をしようと石に膝をついた時、一人の僧が前に現れて挨拶した。大師は「あなたはどんな仕事が得意なのですか」と質問すると、才辯は「私は彫塑が得意です」と答えたので、大師は改まって、「それでは何か作って見せてくれませんか」と言った。

 その時才辯は何を作って良いが分からなかったが、数日後精巧な像を完成させた。高さ七寸ほどの、非常に趣のあるものだった。

 大師は笑って、「あなたは彫塑に関しては優れているが、仏性は理解していませんね」と言って、才辯の頭を撫で、「永遠に、人間と天人の福田になるよう」と祝福し、褒美として衣を与えた。才辯は衣を三つに切り、一つは像を包み、一つは自分で使い、もう一つは椰子の葉に包んで土の中に埋めた。その時才辯は、「この布が掘り出される時、私はこの寺の住職になり、そして本堂とお道具を修繕できますように」と誓願した。

 

 臥輪禅師の頌を学んでいる僧がいた。その頌は、

   臥輪は百の思想を断つ技量がある

 対境(善悪、正負など正反対の二極、二元)の心を起こさず

   菩提樹(智慧)は日々成長する

 大師はこの頌を聞いて、「この偈を作った人は、心が十分に見えていない。これを実践すれば、執着が増すばかりだ」と言い、頌でその僧に教えた。

  惠能は技量がないので

    百の思想を断てない

    対境心が多数生じるので

    どうして菩提樹が伸びるだろう


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