第十章 ダンマを公開する





 この時のブッダは、流れに逆らって全力で泳いで岸にたどり着き、しばらく横になって手足の疲れを回復させてから立ち上がって、泳いで来た危険に満ちた流れを振り返って見ているようでした。別の譬えでは、非常に苦しい登山をして高い山頂に到達した人が、涼しく快い空気に触れながら休憩し、周囲を見下ろしているように、心も体も爽快で、眼下を見下ろすと、自分がかつて経験した、蒸し暑い空気と熱い埃が見え、幸福を感じました。つまりブッダの勇猛果敢な努力は、ウルヴェーラー村の森の静寂の中で、ことごとく成功しました。(243)

 ブッダはこの激しい戦いに勝利して休息し、ヴィムッティスッカ、つまり煩悩と闘ってすべての苦から解脱したことから生じる幸福を味わいました。そして勝利したブッダがその時発見した真実、あるいは知識の結果である穏やかな幸福を味わいました。ブッダは勝利の木である菩提樹のところで満足するまで過した後、昼間は羊飼いたちが涼んで休憩する、近くのガジュマルの木蔭へ行きました。(244)

 ブッダが座っていると、一人のバラモンが近づいて来て挨拶をした後、「ゴータマさん、何によって本当のバラモンになるのですか。本当に身分の高い人になるために必用な美徳は何ですか」とブッダに質問しました。(245)

 世尊は、ブッダを「君子様」とか「仁徳様」と呼ばず姓で呼ぶ尊大さを、何とも思わず、気にしませんでした。そして次のような意味を詩にして、率直に答えました。

      本当のバラモンはすべての業罪を洗うことができ、

      傲慢を捨てることができ、

      身を慎むことができ、欠点が無く、

      博学で梵行の振る舞いをする。

      このような人だけをバラモンと呼ぶことができる。

      その人はその後、世界の人のように振舞うことはない。

 そのバラモンは「ゴータマサマナは人の心の内を知っている。ゴータマサマナは私の心の内を知っている」と呟きながら去って行きました。(246)

 二三日後、世尊が榕樹(ガジュマル)の木の根元にいると、この国に商売に来た二人の男が通りかかりました。彼はブッダが、まるで大きな闘いに勝利し、その勝利に満足している人のように、静かに非常に満ち足りた様子で木の下に座っているのを見ると、上等な食べ物を恭しく献上し、そしてブッダの言葉と優雅さに感動し、ブッダを信仰する弟子にしてくださいとお願いしました。そんな訳で、サブッサとバッリカという二人の商人は、世界で初めてのサンマーサンブッダの弟子になりました。(247)

 十分休息した後、ブッダはこれからするべきことについて考えました。自分で探求したものに出合ったので、この素晴らしい知識を密かにしまっておくべきではなく、他の人たちがこの素晴らしい知識の利益に与れるように、広く布教するべきだと思いました。(248)

 初めにそう考えましたが、また別の考えが妨害しました。「私が知ったことは理解が難しい。非常に緻密で深遠なので、本当に考えのある人、本当に明るい智慧のある人だけが、正しい要旨を掴んで、その結果を得ることができる。しかし明るい智慧と考えのある人はどこにいるのだ。ほとんどの人は、考え深く熟慮する苦労に耐えようとしない。

 みんな簡単なことばかりが好きで、楽しく夢中になれることばかりが好きだ。彼らの心は、楽しくて愉快で陶酔できると考える物にだけ傾き、誰も彼も五欲への陶酔にのめり込んでいる。彼らにタンマを教えたら、私が何の話をしているのか理解できず、興味もないだろう。それなら無駄骨だ」と考えました。(249)

 世尊はそう考え、心は自分が悟ったことを誰にも教えないで、自分のためだけに秘めておく方へ傾いて行きました。教えても、それを知りたいと望み、知って満足する人がいると考えなかったからです。しかしいずれにしても、ブッダの考えがそこに止まることはありませんでした。もしそうなら、誰も今日のようにブッダのタンマを知ることはありません。ブッダは引き続きこの問題を解決すべく努力し、次のような新しい考えに至りました。(250)

 「確かに、世界のほとんどすべての人は、私が発見したタンマを聞きたいと思わないことは事実だ。それらの人は、私が説明する努力をしても理解できない。彼らは簡単で楽しく、難しく考えないことを好む。しかしそうではあっても、世界の人すべてが同じではない。数は多くはないが、今の自分の生き方に満足していない人たちもいる。

 彼らは自分が現在知っていること以上の物を知りたいと考えていて、楽しく夢中になれる生き方を続けることに満足していない。その種の人たちの心身に幸福をもたらすことができるタンマを知っているのに、教えずしまっておくなら、その人たちにとってどんなに気の毒なことだろう」。(251)

 「いや駄目だ。私はそのようなことはしない。今すぐ出掛けて行って、私が会ったそのような人全員に、私が発見した四つの素晴らしい真実である「苦と、苦の原因と、滅苦と、滅苦の方法に関する真実」を教え、理解させよう。たとえ少数でも、聞いて何とか理解できる人がいるだろう」。(252)

 「ピンクや藍や白など、いろんな種類の蓮と同じで、ほとんどの蓮の蕾は、茎から出てしばらくは泥の中に埋まっているが、泥から出たのもあり、泥と水面の中間まで来ているのもあり、水面に届いているのもあり、咲く前に虫に食われてしまうのもある。水面を突き抜けて空気の中に出て、明るい陽射しを受けて花開するのは数少であることは事実だが、あることはある。

 すべての動物も同じだ。ある人たちの心は、煩悩と欲望の泥の中に埋もれているだけだが、煩悩や欲望に支配されていても僅かで、それほど泥に埋まっていない人たちもいる。後者の人たちは私の教えを聞けば理解できるだろう。さあ出掛けよう。彼らに話さなければならない。そして教えるべき人、誰にでも教えよう」。(253)

 世尊は初めに教えるべき人、聞く気持があってすぐに理解できる人について考え始めました。かつての先生、知識と見識と賢さがある非常に純潔な仙人、アーラーラ カーラマを思い浮かべ、「誰よりも初めにあの人に教えよう。あの方はすぐに理解するだろう」と思いました。(254)

 ブッダがアーラーラ カーラマ仙人の住まいへ出掛けようとしていると、アーラーラ カーラマは亡くなっていると知らせる人がありました。次に、同じようにタンマをすぐ理解できる知性のあるウダカ ラーマプッタ仙人を思い浮かべましたが、この仙人も前日の夜、死亡していることが分かりました。(255)

 ブッダは、初めに教えを説くにふさわしい人について考え続け、ウルヴェーラー村で苦行をしている時、王子に仕えた出家を思い浮かべました。五人の修行者は今、パーラナシーの街に近いイシパタナミカターヤワンの森に住んでいることが分かると、ウルヴェーラーからまっすぐそこへ会いに行きました。

 (距離はおよそ百二十キロ程度。途中でウバカという名のアージーヴァカ修行者に出合い、会話をしたが、ダンマを大悟したブッダであると信じなかったため、その出合いで何の利益も得ることができなかった)。ブッダは旅を続け、ある日の夕方、五人の修行者が住んでいるイシパタナミカターヤワンの森に到着しました。(256)

 五人の修行者たちは、ブッダが遠くから近づいてくるのを見つけると、お互いに言いました。

 「あそこを見ろ。ゴータマサマナがこちらへ向かって来るぞ。ゴータマサマナは欲深くて、修行を止めて安楽な暮らしに転向した。みんな口をきかないことにしよう。迎えに出たり表敬しないようにしよう。出迎えて鉢を持ったりするまい。ここには一つしか座席がない。座りたければ座ればいいし、座らないなら立ったままにするがいいさ。どこの誰が、あのように信頼できない人を歓迎するだろう」(257)

 しかしブッダが五人の修行者に近づくと、彼らはブッダに、それまで思ってていたのと違う何かを観察しました。今ブッダに、気高く優雅である何かが現れていました。

 五人の修行者は内心興奮して自分を忘れ、約束し合ったことも忘れて、自分のしたいようにしました。ある人は急いで迎えに出て恭しく挨拶をし、鉢や衣を預かり、ある人は急いでブッダのために特別の座る場所を準備し、ある人は急いで水を持って来てブッダの足を洗いました。(258)

 五人の修行者たちが勧める席に座ると世尊は、五人に向かって言いました。「みなさん聞いてください。私は涅槃に至るタンマを発見しました。これから話して、みなさんに教えます。私が言うことを聞いて学んで実践すれば、間もなくみなさんは、来世を待つことなく、この世で、生きているうちに、私の言葉がどれほど真実か、自分自身で知ることができ、そして自分で生死を超えたものに到達できます」。(259)

 当然ですが、ブッダがこのように言うのを聞いて、五人の修行者は非常に疑念を抱きました。彼らは、ブッダが、タンマに到達するために食事を減らしたり体を苦しめる苦行を止めたのを見ているので、今タンマに到達したと言っても簡単に信じることができず、いろいろ反論しました。(260)

 彼らは「ゴータマの友よ。あなたは私たちと一緒にいる時、インド中の修行者と同じようにあらゆる種類の厳しい苦行をなさった。だから私たちは先生として尊敬した。あなたはあれほど厳しい修行をしてもまだ、あなたが求めるタンマに到達できなかったのに、どうして今、苦行を止めて転向し、快適さを求めて欲深い人の暮らしをするあなたが、タンマに到達できますか」と言いました。(261)

 ブッダは答えました。「みなさんは誤解しています。私は努力を捨てたのではありません。楽しいだけの気ままで溺れた生活をしているのではありません。まあお聞きなさい。私は本当に最高の知識と智慧に到達しました。みなさんが自分でそれに到達できるよう教えることもできます」。(262)

 五人の修行者たちは、ブッダの言葉が信じられず、「あり得ない」という態度が現れていました。ブッダが再び信じるよう頼んでも、信じることができませんでした。自分が本当に死を超えたタンマに到達したことを信じようとしない様子を見たブッダは、五人の顔をじっと見つめ、本気になって言いました。

 「みなさんお聞きなさい。以前みなさんと一緒にいた時、私がこのように言ったことがあるかどうか、よく思い出しなさい。私が生まれることと死ぬことを超越させる最高の知識と智慧に到達したと、言ったことがあるかどうか、考えてみなさい」。(263)

 五人の修行者は、ブッダはそのようなことを一度も言ったことがないと答えるしかありませんでした。ブッダは続けて言いました。

 「私が今、涅槃に到達するタンマの道を発見したと言っているのですから、先ずはお聞きなさい。聞いて、私が何を発見したか、どう発見したかを知る方が良いのではないですか」。(264)

 ブッダはこれらの言葉を、厳かに言いました。それを言う時、純粋で素直で慈悲深く見つめたので、五人の疑念は消え、ブッダの話を聞くのを拒まず、発見したものを教えるために、そこに止まるようお願いしました。ブッダが彼らに初めて教えたことを、四聖諦と八正道に関したパトムテーサナー、あるいは初転法輪と言います。(265)

 ブッダは自分の昔の弟子である五人に、悟ったばかりのタンマのすべてを、三ヶ月間、毎日毎日教えました。そこに留まっている間は、二人が食糧を得るために托鉢に行っている間に、残りの三人に教え、三人が托鉢に行っている間に残りの二人に教えるというように、交互に教えました。(266)

 先生が世界一素晴らしいので、五人の修行者はブッダが到達したのと同じように到達しました。彼らは実践の最高の結果である涅槃に、この世で到達することができました。五人の中で理解が一番早かった人はゴーンダンニャと言います。他の四人はパダティヤ、アッサジ、ワッパ、マハーマーナと言います。

 彼らは世界で最初の阿羅漢、五人です。阿羅漢とは、現世で、自分自身で涅槃に到達した人の呼び名です。この五人の阿羅漢は、ブッダが自身で教え導いた初めての僧である弟子で、この五人を阿羅漢にした教えをアナッタラッカナスッタ(無我相経)と言います。(267)

 ブッダがまだイシパタナの森にいる時、パーランシーの街の長者の息子であるヤサという若者が、偶然そこへやって来てブッダに会いました。ブッダが説くタンマを聞いて、タンマを実践した結果を知ると、出家してもっと勉強と実践をするためにブッダと一緒に住みたいと望むほど満足しました。(268)

 その日の夕方、年老いた男がブッダを訪ねて来て言いました。「今朝から息子がいなくなり、こちらへ来ていると思います。それの母親は、息子がこの当たりで殺されているのではないかと嘆き悲しんでいます」。(269)

 世尊はその長者に、息子は安全なので心配ないと知らせました。息子が満足して出家したいと思ったタンマとはどんなものかを知らせるために、世尊は長者にふさわしいタンマを話して聞かせました。聞き終わると長者もタンマを信仰することに満足し、清信士になり、生涯帰依してブッダのタンマを受け入れることを表明しました。そして翌朝、世尊とヤサも一緒に、自分の家で食事をしてくださいと招待しました。(270)

 その後、長者の息子であるヤサの友達四人がヤサに続いて出家し、仏教の比丘になりました。そして他にも多数の若者が、同じようにイシパタナで出家し、全部で六十人ほどになりました。新たに出家した人たちはそろって血統も家柄もよく、世尊の教えの管理の下、自分自身で非常に厳しい学習と実践の努力をし、間もなく最高の知識と智慧に到達し、全員が阿羅漢になりました。(271)

 世尊はそれらの弟子たちが全員、ブッダの教えを全部教えたとおりに知り実践できるので、全員が一ヶ所に住むことを認められず、期が熟した人が教えを聞くことができるよう、人々に教えるために旅に出るように命じました。学んで実践すれば、彼らも同じようにすべての苦から脱した人になれるからです。(272)

 ブッダはすべての弟子たちに言いました。

 「比丘のみんさん。みなさんは説法の旅に出て、初めも美しく、中間も美しく、終わりも美しいタンマを説きなさい。完璧で素晴らしく、そして純潔な生き方を説きなさい。この世界にはまだ埃、つまり煩悩と欲望が少ない人たちもいます。タンマを聞かなければ大きな損失になります。これらの人たちは、タンマを聞いて明らかに理解します」。(273)

 ブッダは最初の弟子たち六十人を説法の旅に出し、タンマができるだけ早く遠くまで広まるように、二人やグループで行かないで、全員違う方向へ一人ずつ行くように言いました。弟子たちはブッダの命に応え、意志に従って、東西南北すべての方向に、ブッダのタンマとヴィナヤを説きに出掛けました。(274)

 これらの弟子たちは、自分の宗教の布教をするために各地へ出掛けた、世界で最初の人です。本当を言うと、その人たちはタンマに到達したばかりで任命されたので、世界にそのような状態で勇敢に仏教を布教するために現れた、初めての人たちと言うことができます。(275)




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